オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

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一瞬一瞬を眼に焼き付けたい~ルキノ・ヴィスコンティ「山猫」~本家アラン・ドロン


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(Photo of Sicily from Pixabay)

 日本での上映の権利が今年で終了の為、全国で順次、最後の上映が行われているルキノ・ヴィスコンティ監督「山猫」4K完全修復版❗それもイタリア語版❗やっと横浜へ。劣化が激しかった本作品、あのマーティン・スコセッシ監督設立のフィルムファンデーションと、ファッションブランドGUCCIの資金提供により、12,000時間をかけて復元されたそう。まさに各分野で「美を追求する人々」の総力の結集。

 

「ジャック&べティ」で1週間の限定上映。この映画に限り、学生、会員、シニアなどの割引は一切なし。全員1800円。いいですとも、この映画が大スクリーンで見れるなら、2000円でも3000円でも払いましょう(笑)自身もイタリア貴族の末裔ルキノ・ヴィスコンティ監督が、全編ロケ地となった貴族の館から内装、調度品、衣装、1枚1枚の食器に至るまで「本物」を追求し、劇中1時間にも及ぶ舞踏会の場面、出演者の3分の1は本物のシチリア貴族という前代未聞の演出❗スクリーンの画面を見ているだけで、当時の貴族の絢爛な生活を実際に体感しているようで、目が眩みます(笑)

 

  舞台は1860年シチリア王国。当時イタリアは小国に分裂しており、戦略家・政治家ガリバルディシチリアに反乱が起きたのに乗じて赤シャツ隊という軍隊を率いて一気にシチリア王国を滅ぼします。結果シチリアサルディニア王国に飲み込まれていくのです。

 

  主人公はその激動の波に飲まれ、没落していくシチリア貴族サリーナ侯爵ファブリツィオ(バート・ランカスター)老いたサリーナ侯は古き良き時代の憧憬に囚われ、激動の新時代に適応することができず、本人曰く「私は目覚めなど望んでいない。ただ眠りにつきたいだけなのだ」と、名門貴族として「官能的な死を」夢見ています。ハリウッドでどちらかと言えば肉体派俳優の部類だったランカスターの、生まれながらの貴族のような圧倒的カリスマ演技。 まるでヴィスコンティ監督の魔法の演出によって生まれ変わったよう😮「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドを思い出します😊

 

  侯爵が、まるでずっと昔に喪った大切なものをいとおしむように、そして新しい時代を生き抜く次世代の理想形として、熱烈に愛し、応援するのが美貌の甥タンクレーディ(アラン・ドロン)と、そのフィアンセ、アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)。生涯美青年を愛でたヴィスコンティ監督のお目がねにかなったのは、今回のアラン・ドロンをはじめとして、ヘルムート・バーガー(「地獄に堕ちた勇者ども」「ルードウィッヒ」「家族の肖像」)、ビヨルン・アンドレセン(「ベニスに死す」)など、圧倒的美貌を誇るイケメンばかり😅

 

  この「山猫」のアラン・ドロンは、監督の演技指導もあるのでしょうが、その佇まい、所作、イタリア語…シチリア貴族そのもの。優雅な中に、時代の先を見据えていち早く動く変わり身の速さ、冷酷で野心家な面を匂わせて、絶妙な演技。もう、スクリーンを見つめる女性は全員、彼にオチること必至(笑)新興ブルジョワジーの娘役、クラウディア・カルディナーレがまたね、一見貴族の娘より美人なんだけど、笑い方がとっても品がなくてお里が知れちゃう…って場面を巧く演じてました。

 

  個人的には、初めて観た時にはまるで理解できなかった老貴族サリーナ侯爵の心情が、胸に迫って来たことでしょうかねぇ…ヒタヒタと(笑)😅美と生命の躍動に溢れる若い二人を、愛情と羨望の複雑な眼差しで見つめるシーンにぐっと来て、ああ、トシだなじぶん、と思いましたよ。「山猫」がもう映画館で見られなくなるという何とも言えない淋しさと相まって、なんとなく切ない一時でございました😿