オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

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映画界の美しきカリスマ~グザヴィエ・ドラン「たかが世界の終わり」

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(Photo of France from Pixabay)

 吉沢亮さんのデビュー10周年記念写真集「Departure」でパリの写真の数々を見てからというもの、フランス熱が高まっているワタシ(笑)先日はベルギーのルーカス・ドン監督の「ガール~Girl」が公開まぢか…という記事を書きまして、監督が、「第2のグザヴィエ・ドラン」と呼ばれていることについても少し触れました。…ですので、今日は本家本元のグザヴィエ・ドラン監督について少々。

 

  彼の出発点は子役のオーディション。幼い頃から演技が好きで好きで、でも認められず、それなら自分で脚本を書いて映画を作ろうとしたのが、きっかけ。今でも脚本・監督・編集を一人でこなす天才ですが、意外にも、映画学校で学んだことはなく、全て独学というのがオドロキです😮

 

  監督作「マイ・マザー」カンヌ映画祭で注目を浴びたのが弱冠19才。「マミー~Mommy」でカンヌ審査員特別賞25才、そして個人的には、今現在の時点で彼の最高傑作と思われる「たかが世界の終わり」(2016)やはりカンヌ国際映画祭で、ついにグランプリを受賞しています。

 

 

  「たかが世界の終わり」なんて皮肉な悲しい題名でしょう。主人公は若くして名声を得た同性愛者の劇作家ルイ(ギャスパー・ウリエル)彼は病でもう余命いくばくもないことを宣告され、12年前家出同然に飛び出し、時折絵葉書を送るだけで一度も帰ったことのない実家に戻ってきます。自分の、さほど遠くない死を家族に知らせるために…。

 

  しかしそこで彼を待っていたのは、若くして成功を収めた弟に対してコンプレックスの塊となり、嫉妬から彼に暴言を吐き続ける兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、アントワーヌから四六時中モラハラを受けている内気で口下手な妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)、幼少の頃ルイと別れた為強引に愛情を求めてくる妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)、そしてアントワーヌを見限り自分の行く末を成功者のルイに託したいと願う母親(ナタリー・バイ)…。果たしてルイは、家族に自分の近づく死を伝え、家族と心を通わせることができるのか…。全編会話のみで進行していきます。血を同じくしているからと言って、必ずしも理解し合えるわけではない。普段私たちはその残酷な真実を見てみないフリをして生きているけれど、ドラン監督は容赦なく抉り出していきます。みんな、愛し愛されたいはずなのに、口をつくのは相手を責める言葉ばかり…😢結末は題名の通り、皮肉で、残酷で、哀しい。

 

  トム・フォード監督の「シングルマン」を想起させるような世界観。トム・フォードグザヴィエ・ドランもゲイであることをカミングアウトしていますが、この2つの映画の主人公が抱える、死に直面した時の「圧倒的な孤独感」はそこからも来ているのではないか…と推察します。

 

  冷徹なリアリズムで貫かれた作品なのに、そのカメラワークはひたすら美しい。真夏のフランスの田舎の風景、水、戸外での食事、手作りの美味しそうなデザート、風に揺れる透けるカーテン…。この色彩感覚は、「タイタニック」や「花様年華」を見て学んだそう😊

 

  この作品の出演者のそうそうたる顔触れを見ただけでも、現代フランス映画界のオールスターキャスト❗といった感じで、ドラン監督の煌めく才能が、いかにフランス…いえ、全世界から期待されているかがわかります。(ギャスパー・ウリエルはこの作品で、カンヌ映画祭主演男優賞受賞)

 

  俳優としてのドランは「ある少年の告白」(もうじき公開かな❔)「ホテル・エルロワイヤル」に出演していますが、最新監督作品「ジョン F ドノヴァンの生と死」編集がまだ完成していないという理由で、カンヌ映画祭出品を辞退しています。代わりにオープニング作品に選ばれたのが、先日拙ブログで取り上げた「誰もがそれを知っている」(アスガー・ファルハディ監督)でした。

 

  「ジョン F ドノヴァンの生と死」日本公開はいつ❔ジャクロくんの「フォンゾ」は❔はー、見たくてたまらないけど、日本公開が決まらない作品が、自分の中でどんどん積み上がっていく今日この頃😅