オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

変わり者よと言われても 今日もオタクで生きてゆく

じつは「ジョーカー」昨日観たんだけど

 さすがにあまりにもショックすぎてブログ書けなくて鬱々として家に辿り着いて、ちょうど到着してたCUT10月号の吉沢亮さんに慰めてもらった(笑)

 

  アメリカと日本、同時公開だったこの映画、アメリカでは「子どもに見せないようにしよう運動」が広がっているらしい。まあ、R15だから必然的にお子さまは見れないわけだけど。たしかにR15は適切。

 

  昨日のTOHOシネマズ上大岡。学校帰りの男子高校生グループがしっかり観に来てましたよ。でも、ちょっと見たところ、みんなとっても賢そうな子たちで、マナー良く最後まで観賞してた。どんな感想を持ったか、聞いてみたいところだけど…。暴力や殺人や性を扱った映画を若者にただ見せなければいいというのはあまりにも安易だし、若者を軽く見ていると思う。

 

  私にはそれこそ「目に入れても痛くない」7才の孫(男の子)がいるんだけど、日々、「7才の子ってこんなに深く物事を考えてるんだ❗」ってビックリさせられることが沢山ある。「たかが子どもだから」なんてつゆほども思っちゃいけない。侮っちゃいけない。大人が想像しているよりも遥かに彼らは複雑で高度なことを考えてる。どんなに小さい子でも(たとえ赤ちゃんでも)個人としてちゃんとリスペクトしなきゃいけないと、いつも考えてる。昨日の「ジョーカー」、彼が15才以上だったら絶対一緒に観て、感想を話し合いたい映画。

 

  だって、たとえどんなに赤ちゃんでも、一人の人間として親に、周囲の人たちに、社会に、無視され続ければどうなるか、その悲劇を描いたのが映画「ジョーカー」だから。当初は「人を笑わせて幸せにしたい。だから僕はジョーカーだ」と言っていた彼が、母親のニグレクトによって脳を傷つけられ、一度笑い出したら止まらなくなる病に冒される…そして「俺の人生は悲劇じゃない、喜劇なのさ」と白塗りのピエロ姿で呟く、なんという皮肉、なんという悲劇。

 

  これは観てから自分一人で抱え込むタイプの映画じゃない。できれば友人同士で、家族で観に行って、なぜ人は傷つけ合うのか、不満を抱えた人が大勢集まるとなぜこんなにも容易に暴動が起こり、いつのまにかプロテストという目的を忘れて、まるで暴力が暴力を呼び寄せるようにエスカレートしていくのか…この映画が提起している、われわれ世界が抱え込む様々な問題を話し合ったらいいと思う。高校や大学の教材にしてもおかしくない。学校側がそんな度胸があったら…だけどね(笑)

 

  私事で恐縮ですけど、小学生の頃、午後3時から毎日テレビで映画を上映していて、楽しみで観てたんだけど、ある日フランソワーズ・アルヌールっていうフランスの女優さん主演の「肉体の怒り」っていう映画を放映してたの。フランソワーズがなんとニンフォマニアの役で。小学生ながらに(人間にはこういう衝動が存在するんだ)って思った。可哀想だなと思っただけで、成長してから別に自分自身影響は全く受けませんでしたよ(笑)

 

閑話休題

 

 映画の表現のみにとらわれ、この「ジョーカー」みないな名作を安易に規制するなら、ホアキン・フェニックスが30キロも減量して、命を削りながらまさに鬼気迫る凄絶な演技を見せた意味がなくなる。