オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

変わり者よと言われても 今日もオタクで生きてゆく

気が滅入る状況を忘れさせてくれるドラマ~『ヘンリー五世』


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(ヘンリー五世がフランス制圧の為に渡ったドーバー海峡の『白い崖』~Pixabay)
 
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前巻の『ヘンリー四世』では、当初王子としての生きる目的が持てず父王の生き方に反抗して城を抜け出し、ロンドンの歓楽街で放蕩の限りを尽くしたハル王子(トム・ヒドルストン)が父王と和解、反乱軍を制圧したことによって自らの責務に目覚め、ついにはヘンリー五世として即位するまでが描かれました。

 

  『ヘンリー五世』では、若くして亡くなったヘンリー五世(トム・ヒドルストン)が崩御した場面から始まります。そして時は遡り、彼がエドワード黒太子(フランスとの百年戦争前期における主要な戦闘に参加し、次々と勝利を収めた軍神)に倣い、フランス王太子から耐え難い侮辱を受けたことから、再びフランス王権を主張、フランスへの進軍を決意する瞬間へ(ティモシー・シャラメ版のNetflix『キング』では、あのロバート・パティンソンが傲慢なフランス王太子を憎々しげに演じ、印象的でしたね😊)

 

  ヘンリー五世は自ら五千の兵を率いてドーバー海峡を渡り、アジャンクールでほぼ五倍のフランス軍と対峙することになります。季節は凍てつく冬。戦い前夜、フランスの街を陥落させる為に勢力を使ったイングランド軍は疲弊していました。ヘンリー五世は、一諸侯に変装して野営する兵士たちの群れに忍び込み、兵士たちの士気が著しく低下しているのを見、強制的に徴兵されたから仕方なく戦うのだと呟く若い兵士の言葉を耳にします。この場面がシェイクスピアのスゴイところで、単なる名君の英雄物語では終わらない、「戦争なんて俺たち庶民にゃ何の得にもならん」という痛烈な皮肉も利かした二重構造になっているんですね。

 

  そしていよいよアジャンクールの戦いの朝、「ああここにもう一万のイギリス兵が駆けつけてくれたら」と呟くウェストモーランド侯に、王は「戦死するのは我々だけで十分。もし生き残れば、その名誉たるや甚大だぞ。敵に挑む勇気のない者は即刻立ち去るがよい。祖国に帰りたい兵は旅費をやるから帰るがいい。今日は聖クリスピンの祭日だ。生き残った者は、必ずやこの日に誇らしくその名を口にするだろう…」で始まる、『聖クリスピンの祭日』と呼ばれる有名な演説をします。メル・ギブソンが『ブレイブ・ハート』の中で、この場面にオマージュを捧げています😊

 

  圧倒的なフランス軍勢。しかし一番の敵は自分自身の中に巣食う怯む心。それを理解しながらも、捨て身の勇気を持てと諸侯を鼓舞し、聞き手の心を次第に高揚させていくヘンリー五世、いやシェイクスピアの弁舌の見事なこと❗

 

  一人で居る時は兵士たちと同じように悩み、惑い、不安を抱えながらも、ひとたび王冠を戴くと、その心のうちをつゆほども見せず堂々と振る舞う。そして戦闘では自ら先陣となって鬼神の如く敵陣に切り込む、ノブレス・オブリージュnoblesse oblige)の権化のような名君、ヘンリー五世をトムヒさまは余すところなく演じ切って秀逸❗惚れます(笑)

 

  そして弓矢隊などを巧みに使った奇襲作戦で奇跡とも呼ぶべき勝利を手中に収めたヘンリー五世。しかしその勝利は汚泥と血糊、両軍の兵士たちの死屍累々の果てに得たものでした。

 

  ヘンリー五世がフランス王女キャサリンを娶ることにより、両国に友好関係が訪れます。キャサリンに求婚する場面、お互いの言葉がわからず、その表情で気持ちを探りあい、次第に打ち解けていく二人がめちゃくちゃ可愛い~~😍緊張続きのドラマの中で(原作でもそうですが)唯一ホッとする場面😊「戦いに明け暮れ、顔も黒く、無骨な武人で、ダンスも愛の詩もできぬ無骨な武人だが、私の妻になってくれますか?」とにっこりするトムヒくんの笑顔があまりにもスイートで女殺しで😅、どうひっくり返っても「女性の扱いに慣れない無骨な武人」にゃ見えないのが唯一の難点(笑)

 

  その短い生涯をほとんど戦場で暮らし、遂には戦場で散ったヘンリー五世。王の死で始まり、王の死で終わったこの物語を通じてシェイクスピアは、彼の耀くばかりの栄光と名誉と、その裏にある戦争の虚しさを訴えかけているかのよう。

 

  今私たちは世界を挙げて見えない敵…ウィルスとの戦いに挑んでいます。形はどうあれ、ヘンリー五世の、不可能とも思える戦いに挑む際の勇気と決断力は、私たち現代人にとっても、大いに示唆に富むものだと思えてなりません。