オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

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イザベル・ユペールの表情が全てを語る~『ポルトガル、夏の終わり』


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   チネチッタ川崎でイザベル・ユペール主演の『ポルトガル、夏の終わり』。コロナ禍で海外旅行へ行けなくても、映画館に行けば、世界中どこへでも行けますよ😉

 

  ちょうど去年の今頃は『シークレットスーパースター』で暑い暑いインド、そして『パリ、嘘つきな恋』で宵闇迫る夏のパリへ飛んでましたね(笑)一昨年は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのティモシー・シャラメと一緒に北イタリアへ💓😍💓(⬅️『君の名前で僕を呼んで』は何度も映画館でリピしたから、かなり行きましたよ、夏の北イタリア=笑)そして今年の夏は、ポルトガルのシントラと言うわけ😊

 

  あのバイロン卿(18世紀、英国ロマン派の詩人。『ドン・ジュアン』『チャイルド・ハロルドの遍歴』。イケメンで女性遍歴がスゴくて、ドンファン(プレイボーイ)の語源になった人ですよね😅)が「この世のエデン」と呼んだという世界遺産の街、シントラ。

 

  映画のヒロインは、イザベル・ユペール演じる大女優のフランソワーズ(家族や親しい友人たちは、英語ふうにフランキーと呼んでいます)。フランキーは全身にガンが転移していて、おそらく年は越せないだろうと覚悟しています。彼女は、元夫、現在の夫、夫の娘夫婦、息子、そして長年の親友であるヘアメークアーティストのアイリーン(マリサ・トメイ…気さくで人の良い美人を演じさせたら、ピカ一です。最近ではスパイダーマンの叔母さん役で出てますね😊)をシントラに集め、愛する人たちに別れを告げようと目論みます。

 

  もうひとつ、彼女には密かな計画があって、ある理由から長年疎遠になっている息子のポール(なぜ彼女と息子の間に大きな溝ができてしまったのか、それは映画の中で明らかになります)と、たった一人の親友であるアイリーンを結びつけようというものでした。ところが肝心のアイリーンが、恋人の撮影監督ゲイリーを連れてきてしまったものだから、フランキーの計画は狂い始めて…。

 

  富も名声も美貌も欲しいままにし、周囲の人たちを自分に従わせるのが当然と思って生きてきたフランキー。ところが事態はどんどん彼女の思惑とは反対の方向に転がり始め、次第に彼女は、さまざまな心配事や不安も、彼女自身も、大きな力に委ねていこうとします。ポルトガルが敬虔なカトリックの国であると幾度も語られ、信仰の奇跡のメタファが繰り返されるのは、きっと大きな意味があるのでしょう。

 

  フランキーの孫の少女マヤが、ポルトガルの少年と海岸(ここがまた、天国みたいにキレイ😍)で遊ぶ場面。少年が「ここはリンゴの浜って呼ばれてるんだ。ほら、アダムとイブの…」と言いかけ、「くっだらない」ってマヤに一刀両断されて😅少年が照れくさそうに「だってここはカトリックの国だから…」って答えるシーンがあるんですが。最先端の文化を享受する大都会ロンドンからやってきたマヤはきっと、かつてのフランキーの姿の投影。そんな彼女が死期を悟って、癒しと救いを求めてシントラにやって来たわけですよね…。

 

  ラストシーン、全員が集合する山の頂。神さまは、愛する者たちを残して逝かなくてはならないフランキーに、小さな、小さな奇跡を見せてくれます。それを見るイザベル・ユペールの、安心と驚きと一抹の嫉妬がないまぜになった表情が見事❗

 

  山の頂からは、ユーラシア大陸最西端ロカ岬の向こう、広大な海を臨みますが、海に広がる光の帯が、落日と共にオレンジ色に変わっていくさまは荘厳の一言で、神の国があるとしたらかくや…と思わせます。

 

  シューベルトやストラウス等のクラシック音楽が全編を彩り、フランキーが夫と共にピアノを弾く場面は、あの『ピアニスト』(ミハイル・ハネケ監督)思い出しちゃいました😅シチュエーション全然違うんだけど…。この『ピアニスト』を初めとして、『愛、アムール』、『愛アマチュア』『八人の女』など、一筋縄ではいかない元祖こじらせ女子❓を演じたら右に出る者はいないユペールですが、今回も、常に人を繰ろうとする傲慢な大女優…と一言では説明しきれない何か(妻としてのけなげさや母親の愚かさ、滑稽さ、死期を悟った者の諦観…等々)が時折前触れもなく、ひょこっと顔を出すところがスゴい😮

 

  ただ美しいだけではない、シントラの荘厳で神聖な森や山々、透明な海、世界遺産の建造物、そして突然やって来て緑をいやます霧や雨…。映画を通じて、いながらにしてポルトガル旅行はいかがですか❓😊