オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

圧倒的演技に酔い、究極の美に魅せられる~『ミッドナイトスワン』


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いろいろな意味で圧倒され、打ちのめされる映画でした。

  すでに様々な人が、様々な場所で語っていることですが、二番煎じでも三番煎じでも呟かずにはいられない(笑)まずは草なぎ剛さん。彼にはこの時、演技の神様が降りてきていたとしか考えられない、もはや。

 

  新宿のショーパブで、時に心ない酔客の罵声を浴びながら、夜毎『四羽の白鳥の踊り』を踊るトランスジェンダーの凪沙。中年期に差し掛かった彼は、過酷なホルモン治療の身体的な辛さや、「美を維持する為に必要な」費用の莫大さ、将来への不安に、ともすれば押し潰されそうで、心を葬らなければやっていけない日々。

 

  トランスジェンダーのリアルを描いた映画と言えば、第2のグザヴィエ・ドランとの呼び声も高いルーカス・ドン監督(ベルギー)の『ガール girl』(2018年)。プリマバレリーナを目指すトランスジェンダーの治療の過酷さ、身体的・心理的負担から次第に主人公が精神的に追い詰められていくさまを正面から描いた映画でしたが、本作品もそのリアルな描写にかけてはひけをとりません。

 

  灰色に塗り潰されたかに見えた凪沙の人生に、ある日突然、一筋の光が差します。母親からニグレクトを受けている親戚の少女一果(服部樹咲)を一時的に預かることになったのですが、彼女は煌めくようなバレエの才能を持っていました。「私は子どもが嫌いなの」と公言する凪沙にとって(それが彼女の哀しいウソだということもいずれわかるしくみ)、当初はお荷物でしかなかった彼女が、突如として黄金の美神に変身する場面。それは凪沙が初めて一果のバレエを目にする場面。草なぎさんの、美に陶酔すると同時に、幼子を見る聖母のような慈愛に満ちた表情に変わる瞬間❗この表情を見るだけでも、この映画を鑑賞する価値があります。

 

  「自分らしく生きれば人生happyだよ」と人は簡単に言うけれども、生まれながらにしてそうすることがとても困難な人たちがいる。自分らしく生きる為には、周囲の偏見や、好奇の視線や、身体の痛みに歯を食いしばって耐えなければならない人たちがいる。草なぎさんはその痛み、切なさ、虚しさを表情で、背中で、立ち姿で、いや全身で表現し切った❗

 

  凪沙が、自らをどんなに痛め苛んでも手に入れることの出来なかったものを生まれながらにして身にまとい、オデット姫のように神々しく降臨した一果。その瞬間から、凪沙は一果の「母」になる為のいじらしい努力を始めるのです。一果のバレエ教室のレッスン代を稼ぐため、世間の好奇な目に晒されながら会社勤めに転身しようとする凪沙。果ては身を売る決意までも…。

 

  自らを犠牲にして他者の成長と幸福を願う時、それを「母性」と呼ばずして何と呼ぶのか。自分のお腹を痛めて子を産んでも、それだけで母性が身につくわけではないという現実は、ヲタクを含め、母である人は一度ならずその苦さを味わったことがあるはず。『ミッドナイトスワン』の中でも、凪沙の皮肉な対極に位置する者として、一果をニグレクトする母親(水川あさみ)、娘に自らの夢を押し付け、全てをコントロールしようとする母親(佐藤江梨子)、息子の姿を受け入れられず狼狽し号泣する凪沙の母親(根岸季衣…あ、なにげにつかこうへいつながり😅)が登場します。もちろんヲタクは、彼女たちを責めたり、ましてや冷笑したりなど、とてもじゃないけど、できません。ところが、トランスジェンダーの凪沙は、私たち女性を縛る「母性の呪縛」から軽々と解き放たれ、純粋な愛をひたすら貫いていくのです。あたかも、海を飛翔する白鳥のように…。

 

  血縁のない母性の表現…と言うと、ヲタク的に真っ先に頭に浮かぶのが、『万引き家族』の、かのケイト・ブランシェットも絶賛した安藤サクラのダイナミックな泣きの演技。彼女の演技を「動」とすれば、今回の草なぎさんの母性の表現は、それに匹敵する究極の「静」の演技と言えましょう。個人的には、一果のバレエ教室の先生(真飛聖)に、間違って「お母さん」って呼ばれて、恥らって笑う凪沙の表情が大好き😍めちゃくちゃキュートなんだもん(笑)

 

 一方、もう一人のヒロインである 一果は、人生の辛酸をなめつくした凪沙が一瞬にして魂を奪われるほどの耀かしい存在でなくては説得力がないわけですが、この服部樹咲さんという新人の方がもう、素晴らしい❗まるでバレエを踊るために生まれてきたかのような美しい体型😮特にエポールマンやアロンジェの時のアームズが作り出す空間がしなやかで、且つ広い、広い❗バレエ映画としても秀逸です。『全裸監督』の森田望智さんもそうでしたが、内田英治監督の、新人発掘の神がかった慧眼、凄い。

 

  チケットをゲットしてあったセルゲイ・ポルーニンの『サクレ春の祭典』が公演中止となり、少々落ち込んでいたヲタクですが、彼女の踊りを見て元気が出ました😍

 

  素晴らしい演技に酔い、『美』に魅了された二時間。

至福の時間をありがとう❗