オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、鑑賞後の感想を呟いたりしています。今はおうちで珈琲片手に映画やドラマを観る時間が至福。

トム・シリングの瞳の青さよ~『ある画家の数奇な運命』

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  キノシネマみなとみらいで、『ある画家の数奇な運命』(原題"Never look away"眼を逸らさないで)桜木町から歩いてキノシネマまで来ると、駅周辺やランドマークタワーの喧騒がウソのよう😊


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(秋晴れのキノシネマ周辺)

 

  ドイツ最高の芸術家と称される巨匠、ゲルハルト(映画では、クルトと名を変えています)リヒターの半生を描いた、3時間に及ぶ大作です。リヒターと言えば日本との縁も深く、リヒター自身が瀬戸内海の風光明媚な環境を気に入って、豊島(とよしま)という無人島にガラスの巨大な作品を展示していることで有名です。

 

  今作品はリヒター自身の個人史と言うよりもむしろ、芸術を目指す一青年の眼から見た激動のドイツ現代史であり、美術史❗ 

 

  1937年、ナチス政権下のドイツ。幼少期のクルトが、彼の絵画の才能の一番の理解者である美貌の叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンタール)と、退廃芸術展を鑑賞するシーンから始まります。ガイドは、モンドリアン(本格的抽象画の祖とされるオランダの画家)やカンディンスキー(ロシア)の作品を、堕落である、ナチスドイツの主義に反すると、口を極めて罵ります。芸術が、政治権力に歪曲されてしまう恐ろしさ。そもそも作品を批判し、貶める為に開催される展覧会など、芸術への冒涜行為以外の何物でもないと、ヲタクは思いますが…。

 

  クルトの愛する叔母は芸術家肌で、人よりも少しばかり感受性が強すぎた為(ヲタクには、どうしてもそうとしか思えない)に、ナチス党員の医師から「精神に異常をきたしている」との烙印を押され、精神科病棟に入院させられてしまいます。そこで断種手術を施されるエリザベト(ザスキア・ローゼンタールの透明な美しさと相まって、このシーンは見るのが辛すぎる😢)。さらには、彼女が常に反抗的態度であったゆえか、「生きるに値しないカテゴリーの人間」と「選別」され、障害を持つ女性たちと共に、ガス室で若い命を散らすのです。

 

  当時、ナチスドイツの政策によって断種手術を受けた女性は40万人。さらには、「英国の空襲に備えて兵士の為に病床を空けなくてはならない」「地上の資源が限られているなら、価値ある者に与えられるべき」という原理の元にさらに多くの人たちがガス室送りになったという戦慄の史実。叔母の悲劇的な生涯と、彼女の「眼を逸らさないで❗(原題はこの叔母の言葉から)真実はすべて美しい」という言葉は、クルトの人生に後々まで大きな影響を及ぼしていきます。

 

  戦後ドイツは東西に分断され、クルトの住む東ドイツソ連共産主義の傘下に置かれた為、「芸術に革新は必要ない。労働者の団結を鼓舞する為のもの。抽象画に走ったピカソは堕落した」という「社会的リアリズム」に、またもや彼の自由を求める芸術家魂は抑圧を強いられることになります。

 

  戦後彼は東ドイツ美術大学に進学し、そこで生涯を共にする運命の相手エリー(パウラ・ベーア…フランソワ・オゾン監督『婚約者の友人』のヒロイン役。今回も、クラシカルな美しさが光る)に巡り合います。しかしそれは、神が与えたもうた最も残酷な巡り合いでした…😢

 

  クルトが最初に世に認められるのは、新聞や家族写真を無作為に選んでまず精密に模写し、さらにそれを微妙にぼかす「フォトペインティング」という手法なのですが、結果的にそれは、妻の父に関わる恐ろしい秘密の暴露に繋がっていくのです。何という人生の皮肉❗

 

  この作品、若く美しい二人のラブロマンスの側面も持っていると思うのですが、初めて結ばれた時にクルトが、「ロマンチック(スリリングの同義語かしら❓😅)じゃないな…。君の身体は綺麗すぎるんだもの。恋に落ちるに決まってるじゃないか」って口説くんですよね。さすが芸術家、言うことが違うと思いました(笑)映画全編にわたって繰り返される二人のラブアフェアの、叙情的で美しいこと😊

 

  主人公を演じるのは、ドイツのカメレオン俳優、トム・シリング❗(『我が闘争』『ルードウィッヒ』『コーヒーを巡る冒険』『ピエロがお前を嘲笑う』など)彼の、全てを見透すような青い、青い瞳がスクリーンに大写しになる瞬間が何度もあって、頭クラクラ(笑)監督は、卓越した演技力もさることながら、彼の青い湖みたいな瞳に魅了されたのではないのかと…。あのクリストファー・ノーラン監督が、『バットマンビギンズ』の撮影中ずっと、いつキリアン・マーフィーのメガネを外す場面を入れて、蠱惑のブルーアイズをご開帳しようかと考えていたと同じように(笑)

 

  フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(前作『善き人のためのソナタ』)が、ゲルハルト・リヒター本人に映画化を申し込んだ時、「登場人物の名前は変えて、何が事実かそうでないかは絶対に口外しないこと」を条件に、即座に映画化が許可されたとか。ドイツ最高峰の巨匠の、なんという懐の深さよ。

 

 そしてまた、ヒットラーナチスドイツがドイツ史上最大の汚点であることは間違いないにせよ、その事実から決して「目を逸らさず」、未来永劫断じて同じ事を繰り返してはならないと、国を挙げて重い歴史を背負い続け、報道で、映画作品で、世界に真実を公開し続ける…やはりドイツって凄い国だと思います。

 

  映画が終わってキノシネマから横浜美術館を通って桜木町へ向かう帰り道。空は今見たばかりのトム・シリングの瞳のようにどこまでも高く、どこまでも青い。これを至福と呼ばずして何と呼ぼう😊


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