オタクの迷宮

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スティーヴン・スピルバーグ監督のビルドゥングス・ロマン『フェイブルマンズ』

 
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横浜駅直結のシネコン「Tジョイ横浜」にて、『フェイブルマンズ』鑑賞。巨匠・スピルバーグ監督の映画人としての原点を描いた作品です。

 

1952年、ニュージャージー州。映画好きのパパ(ポール・ダノ)とママ(ミシェル・ウィリアムズ)に連れられて初めて映画館に来たものの、サミュエル・フェイブルマン少年(愛称サミー)はおっかなびっくり。彼はとても怖がりで、映画の怖い場面を観た後、夜寝れなくなるのでは…と心配なのです。あにはからんや、怖がるどころかサミーは、※1『地上最大のショウ』の車と列車が衝突して車がすっ飛び、列車が転覆するシーンのトリコに(^_^;)※2ハヌカのプレゼントに貰った列車のプラモデルも、列車転覆シーンを再現して壊してしまうサミー。生真面目なパパは列車を丁寧に直してくれた後に、物の大切さをサミーに説きますが、「サミーが面白いと感じることが大事」だと考えたママは一計を案じ、彼にボレックス8をプレゼント。「一度カメラに撮っておけば、物は壊れなくてすむし、何度も楽しめるでしょ?」と……。これが、彼の長い長い映画人生の幕開けだったのです。カメラ小僧ならぬ8ミリ小僧の誕生というわけです(笑)

※1 セシルBデミル監督。世界一大規模なサーカスが舞台のアクションと人間ドラマ。「日曜洋画劇場」で見たなぁ。チャールトン・ヘストン(『大いなる西部』『ベン・ハー』『猿の惑星』)が若かった…。

※2ユダヤ教徒はクリスマス行事は行わず、年末の光の祭典ハヌカで8本蝋燭の燭台に火を灯してお祝いをします。クリスマスの夜、隣近所の庭はクリスマス用の電飾でキラキラしてるのに、フェイブルマン家だけは真っ暗で、「うちだけ何の飾りもない…」と、ポツリと呟くサミー少年の表情が印象的。

 

 父親の仕事の都合でアリゾナ州に移ったフェイブルマン一家。広大な砂漠の広がるアリゾナでシネカメラを回すサミーは、もはやいっぱしの自主映画監督。仲間たちと大好きなジョン・フォード監督の『リバティ・バランスを撃った男』の向こうを張って西部劇や戦争映画を撮影しては、自主映画会でやんやの喝采を浴びるサミー。……しかし「映画を撮る」という行為が、あらまほしき夢と理想を具現化する手段であると同時に、向き合いたくない辛い現実を彼に突きつける皮肉。家族と、親しい友人たちと愉快に過ごしたキャンプで、サミーはいつものように大量のフィルムを撮りだめました。しかし、編集の為にフィルムを丁寧に見直していた彼の目に止まったのは、ママと、パパの部下で家族の一員としてフェイブルマン家に出入りしていたダニーおじさん(セス・ローガン)とのあらぬ姿だったのです……。映画製作を目指すサミーの最大の理解者であり、応援者であったはずの母親の、今迄見たこともなかった一人の女性としての艶めかしい表情。家族での映写会向けに、サミーが2人の映っているシーンを全てカットした、その心の内を思うと胸が痛い…😭

 

 

 アリゾナでの楽しい少年時代は、パパがIBMの技術者に抜擢され、一家でカリフォルニアへ移住することで、突如として終焉を迎えます。カリフォルニアでの暮らしに馴染めないママと、仕事一筋のパパは次第にぎくしゃくし始め、子供たちの前でも色をなして言い争うことが増えてきます。サミー自身もまた、カリフォルニアの高校で、ユダヤ系であるがゆえに激しい※差別とイジメを受けるようになり……。

※『ウェスト・サイド・ストーリー』、ロバート・ワイズ版ではジェット団とシャーク団が白人対有色人種(プエルトリコ)で対立している単純な図式だったのが、スピルバーグ版では、一言で白人といっても様々な国から来た移民が混在していて、その中でさらに分断が起きていることがきっちり描かれていました。今回の作品を見て、その理由が理解できたがしました。

 

 題名の『フェイブルマンズ』がよく表しているように、監督の作品のルーツは家族…特にご両親にあるのですね。監督の分身であるサミー少年は、はからずも自らのカメラで、母親と、親戚同様に付き合っていたダニーおじさんとのただならぬ関係を捉えてしまい、長く苦しむことになります。しかしその一方で、好奇心旺盛で感受性に富む芸術家肌の母と、※技術者としてのアイデアに富む父の、2つの相反する優れた資質、どちら1つが欠けても、天才監督スピルバーグは誕生しなかったことでしょう。

※サミーが編集段階で、拳銃を撃って玉が弾ける瞬間にリアリティを持たせるため、フィルムに小さく穴を開けるシーンなどは、彼がエンジニア的な資質を持っていることをよく表しています。

 

 監督の自分史的な作品であることは確かなのですが、それだけでは決して終わらない。一人の若者の※「ビルドゥングスロマン」映画として、国や世代や性別を超えて普遍的な価値を持つ作品に昇華されています。……そして、彼が高校卒業時にあるイベントを撮影したエピソード。真実を映したはずのドキュメンタリーが、演出・編集如何によっていかようにも変化し、観客を印象操作してしまう怖さ。…さすがのスピルバーグ監督、ひとすじ縄ぢゃぁ、いきません(笑)

元来は文学の用語。19世紀にドイツで確立された小説形式。 主人公の自己形成、内面的な成長過程を描いた小説を指し、ゲーテの作品群が有名。

 

 監督のパパとママを演じたポール・ダノミシェル・ウィリアムズが、今後二人の代表作になるんじゃないか…っていうくらい、素晴らしかった。妻の愛が自分に無いことを知りつつ家族のためにひたすら生き抜く父バートの献身と諦観。(ダノの表情見てるだけで泣けてきて、困った (^_^;))ピアニストとして豊かな才能を持ちながら将来を捨てて家庭に入るも、無意識のうちに精神の安定を欠いていく繊細で芸術家肌の母ミッツィ。彼女が繰り返し口にする「全ての出来事には意味がある」…が、息子であるサミーにも、そして観客である私たちにも、ひたひたと心に染みてきます。

 

★今日の小ネタ

・サミーの憧れの映画監督ジョン・フォード。サミーが監督に5分だけ会う時間を与えられて、「地平線の位置」から映画の極意を授けられるシーンは、サミーと一緒にドキドキしちゃった。スピルバーグ監督自ら口説き落としたというあのカルトの帝王、デヴィッド・リンチが、アメリカ映画史の伝説的な巨匠を演じて、サスガのオーラむんむん(笑)ハリウッドの商業主義に屈せず、自身の芸術性とインディペンデント精神を貫くリンチ監督への、スピルバーグ監督の深いリスペクトが感じられるキャスティングだと思いました。

・ヲタクが初めてスピルバーグの作品を見たのは『激突!』トラックを追い越しただけで、当のトラックにどこまでも追いかけられて、命まで危うくなる不条理な怖さ。…で、そのサイコパスなトラックの運転手がまた、一方ではガス欠の幼稚園バスを助けていて、人間の二面性にさらに戦慄する…っていう。人間の深く多面的な描き方、あの頃からすでに凄かった。