オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、鑑賞後の感想を呟いたりしています。今はおうちで珈琲片手に映画やドラマを観る時間が至福。

ジャン・コクトー没後60年映画祭③〜宝石のような映像詩『詩人の血』


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詩は全て紋章である。解読するには詩人の血と涙を必要とする。

 冒頭のモノローグが全てを語るような、場面の一つ一つが宝石のように美しい映像詩です。

 

 自室で人の顔のデッサンに余念がない詩人(エンリケリベロス)。するとその唇だけが生きたように動き始め、驚いた詩人が手で唇を塞ぐと、唇は彼の手に乗り移り、今度は掌の上で艶めかしく動き出します。無機質なものにさえ生命をインスパイアすることができる詩の魔力。コクトーの詩人としての矜持とナルシズムが表出されたシーンのように感じられました。


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 場面は一転して、※冷たい石の彫像(ミロのヴィナスふう……リー・ミラー)が突然動き出し、息づいて、詩人に「鏡の中に飛び込むのよ!」と命じます。驚いて(そんなこと出来るわけない)と尻込みする詩人に、彫像はさらに語気を荒らげて、畳み掛けるように「飛び込みなさい!」と叫びます。コクトーはガチな同性愛者でしたが、彼の作品に登場する女性たちは、『オルフェ』の死神(マリア・カザレス)は言うに及ばず、一見たおやかな風情のベル(ジョゼット・デイ…『美女と野獣』)ですら、おしなべて無慈悲でサディスティック、コクトーのミソジニストっぷりがハンパないです。女性がそんなに怖いですか?って聞きたくなる(笑)

ギリシャ風の彫像が動き出すシーンは、『美女と野獣』でも頻繁に出てきましたね。(野獣の館の壁の彫像の目がギョロギョロ動くシーンとか、宝物館のダイアナ像が盗人目がけて矢を射るシーンなど)

 


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 詩人が鏡に向かって身を投げると、※1鏡面はさざ波に変わり、詩人は言わば「彼岸の世界」に没入していきます。そこは怪しげな雰囲気のホテルになっており、詩人は詩人としての永遠の名声を得る為、作品のモチーフを探し求めて?鍵穴からさらなる異世界を覗き込むのです。まるで合わせ鏡のドロステ効果のようじゃありませんか?鍵穴の向こうには、メキシコの銃殺刑、ベトナム人が繰る影絵芝居(ワヤン・クリのつもりかな?ベトナムじゃなくてインドネシアなんだけど 笑)、軽業師の訓練?を受ける少女、そして長椅子に横たわり、詩人の視線を感じて誘惑するような風情の※2ヘルマフロディトス。私たち観客もまた、詩人と共に鏡の中の迷宮に入り込んで行くのです。

※1『ストーリー・オブ・フィルム〜111の映画旅行』の中でマーク・カズンズ監督が、『ホーリー・モーターズ』(レオ・カラックス監督)や、『アンダー・ザ・スキン~種の補食』(ジョナサン・グレイザー監督)に大きな影響を与えている……と指摘してましたね。

2 ギリシャ神話…軍神ヘルメスと美神アフロディーテを母に生まれた絶世の美少年。水浴中に、彼に懸想したニンフのサルマキスに強姦され、彼女の身体と一つに合体して両性具有者となった。

 このヘルマフロディトスは、当時大人気を博していた女装の綱渡り芸人※ヴァンダー・バーベットをイメージしたものと言われています。(バーベットは『詩人の血』にも、天井桟敷で談笑する貴婦人役で一瞬ですが出演しています。現存しているバーベッ

トの写真集はマン・レイが撮影し、コクトーが推薦文を寄せるという豪奢なものです。

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ドラァグクイーンの元祖、ヴァンダー・バーベット

 

 詩人が自ら拳銃でこめかみを撃ち抜き、どくどくと血が流れるシーンが繰り返し登場します。白布や白い肌に滴る黒い血は、凄惨な美しさに満ちていますが、繰り返されるモノローグ…「死して訪れる栄光」「詩人が生き延びるためには、一度死ななくてはならない」は、当時のコクトーの強迫観念にも似た自死願望を表しているような気がするのですが……。ヲタクの考え過ぎでしょうか?

 

 コクトーの記念すべき初監督作であり、後年の彼の作品群(『恐るべき子供たち』、『オルフェ』、『美女と野獣』、『オルフェの遺言』)のエッセンスが凝縮されているような作品です。一般的には、「ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』に並ぶアヴァンギャルドの傑作で、『詩人の血』を見ずしてフランス映画は語れない」とも言われる作品なので、これを機会にぜひ❗