オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

ジャズとベスパとミニスカ〜『パリタクシー』

 
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 借金だらけ、あと2点キップ切られたら免停の「人生崖っぷち」タクシードライバー、シャルル(ダニー・ブーン)がある日乗せたのは、高齢の品の良いマダム、マドレーヌ(リーヌ・ルノー)。自宅を出て高齢者施設に向かうマドレーヌは、「施設に入る前に、人生思い出の場所に寄り道してほしい」と言い出します。彼女の父親が犠牲になったという凱旋門近くの「ナチスによるレジスタンス処刑の地」を皮切りに、マダム・マドレーヌの言われるまま、タクシーを走らせるシャルル。問わず語りにマダムが話し始めたのは、第二次世界大戦前・後の激動の歴史を生き抜いて来た、一人の女性の凄絶とも言える人生でした……❗

 

 何しろ原題が『Une belle course(美しき旅路)』だから、甘酸っぱいノスタルジックな思い出話かと思ったら……なんのなんの(笑)クズのDV夫に泣き寝入りせず、マドレーヌが反撃に出て、夫を$#[]¢£§№℃℉するシーン、ヲタク(あ、あれ?こ、これってサスペンスかホラー映画なの!?)って言うくらい凄まじかった(^_^;)ビックリした……。

 

 女性が意見を言うことははしたないこと、それどころか夫に暴力を振るわれても妻の落ち度と言われた※50年代のフランス。そんな社会の矛盾と生涯闘ったマダムのエピソードの数々は確かに心を打ちます。 

※女性の開放…という観点では、フランスは日本よりずっと進んでいる…と漠然と思っていたヲタク。しかしこの作品や、昨年公開された『あのこと』(人工中絶が犯罪だった60年代のフランスを舞台に、ノーベル賞作家のアニー・エルノーの実体験を映画化したもの)を観ると、フランスの女性蔑視の暗黒時代は思いの外長かったんだな……と驚きます。

 

 けれども、映画を観終わってヲタクの心にズシンと響いたのは、社会の矛盾や時代の過酷さ、虐げられた女性の歴史……等々よりもむしろ

1950年代……でも、良いところもあったのよ。

街中にジャズが流れていて。

膝の上丈のスカートでベスパに乗るの。

という、マダムのセリフ。(さすが品の良いご高齢のパリマダム、ミニスカ…なんて蓮っ葉な言い方はなさいません 笑)

 

 なぜこのセリフがヲタクの心にこんなにも響いたのか?

 

 辛い体験の、その只中にいる時は身が切られるほど苦しい……しかしきっと、時を経るにつれて薄ぼんやりと記憶のカーテンの向こうに紛れて、残るのは、(街角で聴いたあのジャズの曲、なんだっけ?)とか、(ベスパで駆け抜けたシャンゼリゼ通り。吹き抜ける風が気持ちよかったな)とか、そんな懐かしい感覚だけが残っていくはず。だからこそ人は、長い、長い間、辛い人生と折り合いをつけて生きていけるのだ……。マダムのセリフは、ヲタクにそんな想いを抱かせてくれたから。


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※スクーターの名品、イタリアのベスパ。映画『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーンが乗ったことで一気に人気が出ました。日本でも、松田優作のドラマ『探偵物語』で人気爆発❗

 

 そしてそして最後に、マダムが懐かしく想い出すジャズの名曲の数々が映画全編を彩ります。

 エタ・ジェイムズの「At Last」。「ようやく私に愛が訪れた」と、辛い恋を経て、新たな恋に出会ったマドレーヌ。けれど甘い恋人は、結婚生活に入ってから豹変してしまいます。 そして、ダイナ・ワシントンの「This Bitter Earth」。幼い息子を守る為に自ら罪を犯したマドレーヌ。しかしそれによって彼女は、最愛の息子と13年間も離ればなれになることを余儀なくされます。「このほろ苦い地球で、愛はなんのためにあるの?「それを知るのは神様だけ」歌詞が切ない😢そして、ダイナ・ワシントンの「On The Sunny Side of The Street」。運命の巡り合わせで互いの人生を打ち明けあい、心の友となったマドレーヌとシャルル。軽快なこの曲に乗って、エッフェル塔シャンゼリゼ通り、ノートルダム寺院凱旋門パルマンティエ大通り……等など、二人は走り抜けていきます。人生最後の「美しい旅路」を…。

 

 ラストは予定調和の心地良さ。人生辛いことは多いけれど、過ぎればみんな想い出になる。くさらず、諦めずに生きていこう……と背中を押してくれる、心洗われる1本。