U-NEXTで『ヒューマン・ボイス』(ペドロ・アルモドバル監督)鑑賞。30分の短編ながら、密度の濃い、一人の女性の人生がその短い時間にギュッと凝縮されたような作品。
※冒頭のシーン、バレンシアガの真紅のドレスを纏うティルダはまるでフランドル派の絵画のよう。
主演はヲタク大好き❤ティルダ・スウィントン❗スコットランド名家の出で、ケンブリッジ大学で政治学と社会学を修めたティルダ。自身のキャリアを反映して、映画でもどこか超然とした、知性的な役柄を演じることの多い彼女ですが、今回は、別れを電話1本で済まそうとする情の薄い恋人に翻弄され、次第に理性を喪っていく女性の激しい情念をストレートに表現しています。そしてその情念の底に、一流のモデルとして活躍している(らしい)ヒロインの、老いていくことの孤独と焦燥が垣間見れて、新たなティルダ・スウィントンの魅力発見❗といった感じ。すでに還暦を越えたというのに、作品が公開する度に新たな側面を見せて(魅せて)くれる彼女。名だたる監督たちのミューズでもあるティルダの、今後の活躍から目が離せませんね。
※目にも鮮やかなターコイズのパンツスーツもやはりバレンシアガだそう。このスタイリッシュな服装で、恋人のスーツを切り裂くための斧を購入するヒロイン。ある意味1番怖いシーン(笑)
ドールハウスを模した、舞台のセットのような家で繰り広げられる一人芝居なのですが、ティルダが纏う衣装、家具、絵画、調度品の1つ1つに至るまで、監督のアルモドバルの趣味に貫かれており、画面を見ているだけでも楽しい❗1シーン1シーン凝りに凝って、全て本物にこだわったという故ルキノ・ヴィスコンティ監督(『ヴェニスに死す』『地獄に堕ちた勇者ども』『山猫』)の作品を彷彿とさせます。
※ティルダの後方に見えているのが、※ジェンティレスキの「眠れるヴィーナス」。もちろんホンモノ❗この一瞬のためにホンモノ持ってくるところがヴィスコンティっぽいんだよね。
※アルテミシア・ジェンティレスキ…17世紀の封建社会と戦いながら作品を作り続けたイタリアの女流画家。1997年にアニエス・メルレ監督が彼女の生涯を描いた映画『アルテミシア』を制作しています。
抽象的で演じるには困難があるこの役には、真実味と感情を持たせる優秀な女優が必要だった。
彼女は才能の幅広さを証明した。
彼女の知性と意欲、そしてとてつもない才能と、私に対する絶対的な信頼が大きな役割を果たした。
全ての映画監督がこういう気持ちになれることを願う。
…と、最初から「ティルダ・スウィントンありき」の作品であったことを吐露したアルモドバル監督。監督と女優の理想的な蜜月を示す、典型的な作品と言えるでしょう。
※リビングのテーブルの上にはさりげなく『万引き家族』、『キル・ビル』、『ティファニーで朝食を』のDVDが。
人を深く愛しすぎた故に次第に追い詰められ、狂気に陥っていくヒロイン。そのプロセスは、ティルダの名演とも相まって痛々しく見ていて辛いですが、ラストシーンでは彼女の精神の再生が感じられ、鑑賞後の印象は意外に爽快感があります。
★今日のオマケ
ジェレンスキの最も有名な作品は、『ホロフェルネスの首を斬るユーディト』。ユーディトは旧約聖書『ユーディト記』に登場するユダヤの裕福な未亡人。アッシリアの司令官ホロフェルネスが軍を率いて彼女の住む町に侵攻し、町は降伏の危機に瀕しますが、ユーディトが侍女を伴って敵陣に赴き、ホロフェルネスを誘惑した末寝首を掻いて持ち帰ります。身体を張って故郷を救った憂国のヒロインと言うわけ。ジェレンスキの描くユーディトは、彼女自身がレイプの被害者で訴訟を起こしたこともあり、好色な男性に対する憎しみに溢れ、猛々しさが前面に出ているような気がします。
一方これがウィーン世紀末の画家クリムトとなると、定番の(ホロフェルネスの首を切り落とした)剣は描かれておらず、肝心のホロフェルネスの顔も半分だけ(笑)クリムトはひたすら、官能に酔ったようなユーディトの表情を描いているんですね。……しかしそもそも、男の首を切り落としておいて、ユーディトは何にそんなに陶然としているのか!?
……あんまり深掘りすると恐ろしいので、このへんで止めておきましょう(笑)