スイスの至宝と称されるダニエル・シュミット監督の『デ ジャ ヴュ』がデジタルリマスター4K版で蘇った❗
ジャーナリストのクリストフ(ミシェル・ヴォワタ)は、17世紀に生きた革命家※ゲオルク・イェナチュの墓を発見し、遺骨と遺品を持ち帰ったという学者のトブラー博士(ジャン・ブィーズ)を取材しますが、まるで眼の前の出来事であるが如くイェナチュの暗殺現場について語る博士の言葉に魅入られてしまいます。何かに操られるようにイェナチュの居城ローデルスを訪れたクリストフは、イェナチュがプロテスタントの牧師を拷問する場面に遭遇、後からそれが史実であることを知り、恐怖におののきます。それからと言うもの、クリストフは幾度となく17世紀のスイスに引き戻されるようになり……❗
※スイス・グラウビュンデン地方生まれの革命家・政治家。当時南北欧州の交通要路として各国(特にスペイン・オーストリア)の侵略を受け続けたこの地域を独立に導いた英雄。最大の政敵ポンペイウスを斧で殺害、政治家として確固たる地位を築くが、20年後の謝肉祭の夜、奇しくも同じ斧で惨殺される。
果たしてこれはクリストフの妄想に過ぎないのか❓
まるで取り憑かれたかのようにクリストフがイェナチュの人生を追い始めたのはなぜなのか❓
……が、サスペンスタッチで描かれていきます。ストーリーそのものは映画ファンならどこかで見聞きしたもので、ラストのオチも想像はつきますが、この映画が凡作に終わらなかったのは圧倒的な映像美と、イェナチュというスイス以外ではあまり知られていない人物を題材にしたこと、そして何よりも舞台がヨーロッパであることに尽きるのではないでしょうか。
ご存知の通り、地震大国で、太平洋戦争を経験した為に数百年生き残った建造物など数えるほどしかない日本と違って、ヨーロッパは歴史的建造物の宝庫。今作品を観ながらヲタクは、ヨーロッパに住んでいた頃訪れたロンドン塔やノイシュバンシュタイン城、エルツ城のひんやりした冷気や、黴の匂いなどを思い出しました。今にも物陰からエドワード5世とその弟王子や、ルートヴィヒ狂王が飛び出してきそうな気がしましたもん(^_^;)
※幻想に悩まされ、次第に追い詰められていくクリストフ。当初、単なる歴史の傍観者であった筈が、次第に「当事者」になっていく過程が恐ろしい。
日本の歌舞伎や映画にも造詣の深いジャポニストでもあったシュミット監督。東大の田中純教授が、ご自身の「チマタのエロティシズム 映画による夕占(ゆうけ)」中で、以下のようにシュミット監督の言葉を引用されています。
暗闇のなかにまぎれ込んでしまえば、目に見えなくなる。独りで映画館に行き、その映画をわがものにする──見終わったあと、それについて話す必要さえなければ。この神秘は決して長くは続かないが、ひょっとしたらうまくバランスをとりながらさらに街路を横断し、つい先ほど起こったこの変身のことなど何も知らない人々のあいだをすり抜けてゆくことはできるかもしれない。
※父ポンペイウスを眼の前でイェナチュに惨殺され、しかもその後イェナチュの愛人になることを強要されるルクレツィア。演じるのは、『007ユア・アイズ・オンリー』でボンドガールを務めたキャロル・ブーケ。
……かようにシュミット監督の絢爛たる映像世界を堪能し、「わがものにする」ためにはやはり、映画館の暗闇で息を潜めながら見入るしかないのでしょう。そして、映画という神秘を少しでも長く続けさせるため、ヲタクは今日も、こうして駄文を書き続けるのです。
現在、横浜黄金町のミニシアター「ジャック&ベティ」で上映中。