4Kデジタルリマスターで蘇ったスイスの至宝、ダニエル・シュミット監督作品第2弾は、『季節のはざまで』。
スイスの山中奥深く、ひっそりと佇む古いホテル。かつて経営を任されていた祖父母と共にこのホテルで少年時代を過ごしたヴァランタン(サミー・フレー)がやって来ます。最盛期には数多くのセレブが訪れたものでしたが、今はすっかり朽ち果てて、取り壊しを待つばかり。当時の従業員の中でただ一人、ホテルに残っていたフロントのガブリエルさん(アンドレア・フェレオル)も今ではすっかり年老いて、認知症も始まったよう。懐かしさが胸に込み上げ、廃墟となったホテルを彷徨うヴァランタンの脳裏には、家族やホテルの従業員、常連客たちとの甘く、切なく、そして思わず笑っちゃうような奇妙な思い出が去来して……。
※ヴァレンタインを演じたのは、フランスのイケおじ代表、サミー・フレー(『真実』、『恋のマノン』)。あのブリジット・バルドーと付き合ってたのよね、この方。
少年時代のヴァランタン(カルロス・デヴェーザ)にとって、最初の「性の目覚め」は、エレベーターの中で他の男性客とコトに及んでいるアニタ・ステュデール夫人(アリエル・ドンバール)のあられもない姿と、遠い日本から来たエロ写真の数々(春画の写真版みたいなもんですな^_^;)。坂東玉三郎のドキュメンタリー映画を撮ったくらい、バリバリのジャポニストであるダニエル・シュミット監督の面目躍如でございますことよ。
「来年こそは豪華客船の仕事に就くんだ!」と豪語しつつ、やっぱり毎年ホテルに舞い戻ってきてホテルのバーで演奏するピアノ弾きマックス(ディーター・マイアー)と歌手リロ(イングリッド・カーフェン)や、自分のかけた催眠術のせいで客たちを珍事に巻き込んでしまうマジシャン・マリーニ教授(ウリ・ロンメル)など、ホテルに集う人々は、どこかズレているけど憎めない、愛すべき人たちばかり。
そしてヴァランタン少年にとっていつもワクワクする瞬間は、話上手なおばあちゃん(マリア・マッダレーナ・フェリーニ)の、昔話を聞く時。ホテルに乗り込んできてロシアの外務大臣に発砲し、「革命万歳!」と叫んだものの、じつは殺した男はロシアの外務大臣などではなく、パリに住む下着屋だった……というアナーキストの女(ジェラルディン・チャップリン……あのチャールズ・チャップリンのお嬢さんです。)の悲喜劇。そして若き日のおじいちゃん(モーリス・ガレル)がサヴォイホテルに勤めていた頃、大女優サラ・ベルナール(マリサ・パレデス……ミュシャの描くサラ・ベルナールにそっくり❗)に可愛がられて専属のウェイターになった話などなど。
※サラ・ベルナールがサヴォイの大階段から降りてくるシーンは、まるで一幅の絵画のよう。
……しかしそんなあれやこれやも、過ぎてしまえば今は昔。月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。人々は去り、今ヴァランタンの前にあるのは、今にも朽ち果てんとする思い出の抜け殻。すでに老境に入ったヲタクから見てみれば、様々な思いに胸の奥がぎゅっとなるような、そんな映画でしたね。
現在、横浜黄金町のミニシアター「ジャック&ベティ」で上映中です。