オタクの迷宮

海外記事を元ネタにエンタメ情報を発信したり、映画・舞台・ライブの感想、推し活のつれづれなどを呟く気ままなブログ。

誰もが幻想(キメラ)を探してる〜『墓泥棒と失われた女神』


f:id:rie4771:20240719101352j:image

 「KINOシネマ横浜みなとみらい」にて、『墓泥棒と失われた女神』鑑賞。

 

 時は1980年代のイタリア・トスカーナ地方。刑務所から出所したばかり(らしい)イギリス男アーサー(イタリア語読みはアルトゥール……ジョシュ・オコナー)が列車に揺られ、山の中腹を不法占拠している自宅のバラックに戻ろうとしているところからストーリーは始まります。彼は木の枝を動かして遺跡を掘り当てるというダウジングの名手で、その異能を使ってワル仲間たちと古代エトルリア人の墓を次々と暴き、闇で売り捌いて小銭稼ぎをしていたようです。彼がこんな境遇に身を投じたのも、その昔深く愛したフィアンセ、ベニアミーナ(イレ・ヤラ・ヴィアネッロ)の死に絶望して、生きる希望を失ってしまったせいでした。刑務所では、もう墓泥棒はすまいと考えていたアーサーでしたが、いざ街に戻ってみると彼の異能を当てにする昔の仲間たちがまたぞろ近寄ってきて、いつのまにかズルズルと泥棒稼業に引き込まれ、埋葬品を売りさばいては日銭を稼ぐ日々に逆戻り。人生に何の希望も見出だせない彼にとって、古代人の墓という冷たい「死の世界」のほうが安心できるのかもしれません………そんな彼も、フィアンセの母親(イザベラ・ロッセリーニ)の家で働くメイドのイタリア(キャロル・ドゥアルテ)に心惹かれ始め、潔癖で信心深く、シングルマザーとして奮闘する彼女のために生まれ変わろうとします。しかし皮肉にも彼の運命は、それからさらに激しく変転して……。

 

 キャッチコピーは「誰もが幻想(キメラ)を探してる」。※キメラといえば、つい最近(6月9日)18年ぶりに来日したロベルト・アラーニャのソロコンサート。オペラ『エドガール』で歌われるアリア『快楽の宴、ガラスのような目をしたキメラ』が素晴らしかったわ……(*˘︶˘*).。.:*♡フランスの画家、ギュスターヴ・モローも、キメラをテーマにして、何ともエロティックな絵画を描いています。

※キメラはライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尾を持つ怪物で、ペガサスに騎乗した英雄ベレロポーンによって退治されたと言われています。フランス語ではキメラを指す語「シメール」(Chimère)は転じて「幻想」を意味するようです。

 

 ……と、話が逸れました(^^ゞ

 

 奇っ怪な姿を持つキメラに翻弄されるように、古代の墓を暴いて次々と副葬品を奪うという、神をも恐れぬ所業を重ねていくアーサー。イタリアを通して、1度は慈悲深い神の御業に縋るかと思われた彼ですが、彼が求めているのは、生の歓びに溢れた世界ではなかった。果たして、彼の探す「失われたもの」とは……❓

 

 目にしみるように美しいトスカーナの自然と眩しすぎる陽光。それと、アーサーの心の闇・魂の暗黒の対比が凄まじい。ひょっとして彼は、愛するエウリュディケを探しに禁断の黄泉の国に足を踏み入れたオルフェウスなのか❓アーサー演じるジョシュ・オコナーの、いつも何かに戸惑っているような表情と、目に見える事象のその先を見つめている虚無的なblank eyesが印象的です。

 

 監督はアリーチェ・ロルヴァケル。『幸福なラザロ』同様、本作品もストーリーが進むに連れ、次第に生と死、そして善悪の境目が曖昧になる幻想的なロルヴァケル節サクレツ、ラストクレジットが流れ始めると、(ひょっとしてこれは全編、アーサーが列車の中で見た壮大な夢に過ぎなかったのか❓)と思い始めたヲタク。

 

 いずれにせよ、太陽の下の人間世界と、相対する静謐で冷たい死の世界がこの上もなく美しく、キャリアの初期段階において早くもロルヴァケル監督の代表作と言える1作になったのではないでしょうか。また、墓泥棒の仲間たちを決して一元的な「悪」と見なすわけではなく、清濁併せ呑むボッカチオ的な滑稽さで彼らを描写しているところもイタリア人監督らしい。(アーサーと仲間たちの登場場面はわざとチャップリンキートン無声映画を模した早回しにして、コミカルなタッチで描写されています)ロルヴァケル監督が第二のフェリーニ、あるいはヴィスコンティと称される所以でしょうか。

 

第76回 カンヌ国際映画祭 コンペティション部門に正式出品され、第95回 ナショナル・ボード・オブ・レビューでは外国語映画トップ5にも選出された作品です。

 

★今日の小ネタ…イザベラ・ロッセリーニ

 アーサーのフィアンセの母親役を演じているのが、イザベラ・ロッセリーニと知って、ビックリ(゚д゚)彼女はロベルト・ロッセリーニ監督と、ハリウッドの大女優イングリッド・バーグマンの愛娘で、若い頃の美しさと言ったら眩いほどでしたが……。考えたら『ブルー・ベルベット』(デヴィッド・リンチ監督)から既に40年前近く経っているのよねぇ…。


f:id:rie4771:20240719152314j:image

※若き日のイザベラ・ロッセリーニ。この写真は特にお母様のイングリッド・バーグマンに生き写しですね。