オタクの迷宮

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狂乱のドイツ・ジャズエージ〜『バビロン・ベルリン』シーズン1


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 最近見始めたらハマってしまったのが、ドイツのミステリードラマ『バビロン・ベルリン』。こんなにヲタクの嗜好❓️にピッタリのドラマ、なんで見逃していたんだろう……と不思議なくらいで、一気にシーズン1全8話(2017年)を見終わってしまいました。

 

 ドラマの舞台は、1929年初めのベルリン。世界大恐慌(1929年10月)前夜であり、ヴァイマル共和国が終焉を迎えようとしていた時代。第一次世界大戦の敗北によって成立したとはいえ、国民主権、男女平等、生存権の保障など、民主主義の手本とされたヴァイマル共和政が、なぜかくも脆弱だったのか。その原因には諸説ありますが、このドラマを見ているうちに、何やら見えてくるものがありました。

 

 主人公は、故郷のケルンからベルリンの風紀課に異動してきた、ゲレオン・ラート警部(フォルカー・ブルッフ)。実はラートは、ケルン市長から、ベルリンの娼舘で密かに撮影された市長自身のポルノフィルムの発見と処分を命じられていたのです。ラートの父親はケルンの警察署長で、異動の差配も父親によるものでした。父親はラートに、間近に迫るケルン市長選までに解決するよう、強くせまります。移動先のベルリン警察風紀課で、彼の新たな上司となったのら叩き上げのヴォルター上級警部。彼は早速ラートを夕食に招待したり、下宿先を紹介したり……と、人の良さげなふうを装いながら、じつは闇の風俗営業を黙認する代わりに賄賂をもらっていたり、右翼系秘密結社※「黒い国防軍」の一員であるなど、ラートにとって敵か味方か、いまいちナゾの多い人物。ドラマ中黒い国防軍が、元首相で当時外務大臣だったシュトレーゼマンの暗殺を計画していたことなども描かれています。(実際のところ、ヴァイマル共和制の申し子と言うべきシュトレーゼマンは、1929年10月に脳出血で急死)

※黒い国防軍……第一次世界大戦敗戦後のドイツは、1919年のヴェルサイユ条約によって厳しい軍備制限を受けることになりましたが、それに不満を持つ高級将校たちは、民兵義勇兵を募り、密かに軍事訓練を行って戦力の維持を図りました。ヴェルサイユ条約に反する非合法の戦力を総称して、黒い国防軍と呼びます。


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※1920〜30年代に流行した中折れ帽が似合うゲレオン・ラート役のフォルカー・ブルッフ。いつもは苦虫を噛み潰したような顔をしているラート警部ですが、ナイトクラブでひとたびジャズが流れると狂ったように踊り出す……かなりのギャップ萌えです(笑)

 

 ラートのポルノフィルムの捜査は物語のきっかけに過ぎず、ソ連からベルリンに密輸列車に到着した頃から大勢の登場人物が出たり入ったり❓️(笑)サスペンスタッチの群像歴史ドラマの様相を呈していきます。その列車の1両には、反革命スターリン打倒を目指す「赤い砦」というベルリンのトロツキストたちが、イスタンブールに潜伏するトロツキーのもとへ届けようとしている金塊が積まれていました。実は、ゲレオンが住むことになった下宿の前の住人が「赤い砦」のリーダーであるカルダコフで、ラートの留守中忍び込んだ「赤い砦」のメンバーがソ連の秘密警察から連れ去られるところをラートは偶然目撃します。連れ去られたメンバーはその後運河で遺体となって発見され、身体には拷問の跡が……。ラートは否応なく、ドイツ対ソ連の政治的陰謀が絡んだ、この複雑な事件に巻き込まれていくことになります。


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※部下想いの上司を装うヴォルター上級警部(ペーター・クルト)の裏の顔は……❗️❓️

 

 一方、このドラマにはシャルロッテ(リヴ・リサ・フリース)というもう1人の主人公が登場します。貧しい大家族の唯一の働き手である彼女は、昼はベルリン警察で日雇いの事務仕事、夜は「モカ・エフティ」で娼婦をして日夜を問わず働いていますが、実はその少女のような華奢な容姿に似合わず、ドイツ初の女性刑事になりたいという大いなる野望を隠し持っています。そんなある日、第一次世界大戦の前線で戦った後遺症でPTSDの発作を起こしたラートを助けたことから彼との交流が始まり、「赤い砦」メンバー殺害事件にラートが関わるようになってからは、彼の「押しかけ助手」をすることになりますが……❗️


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※ヒロインを演じるリヴ・リサ嬢は、1920年代に流行したドイツ表現主義の映画(『メトロポリス』、『ノスフェラトゥ』、『カリガリ博士』など)に登場してきそうなクラシカルなお顔立ち。

 

 何しろ、ドイツドラマ史上最高の制作費を投入されただけあって、当時のベルリンの街並みや風俗(カフェ、レストラン、公衆浴場など)、実在したナイトクラブ「モカ・エフティ」のゴージャスな内装などが忠実に再現されており、それだけでも十分見応えがある上に、当時台頭していた左翼勢力と警察の攻防、トロツキストソ連秘密警察の暗躍、ナチスの登場を予見させるような「黒い国防軍」の不気味な台頭など、歴史&ミステリ好きの人ならハマること請け合い♫


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メーデーの、警察と共産党主義者たちの睨み合い。結局この後銃撃戦に発展、多数の死傷者を出すことに。人海戦術による映像のド迫力が凄い。

 カルダコフには「モカ・エフティ」で男装で歌い聴衆を魅了するスヴェトラーナという愛人がいるのですが(彼女の容姿は、マレーネ・ディートリッヒを仿佛とさせます)、実は彼女はロシア革命で没落した伯爵家の令嬢で、父親が革命を逃れて隠した金塊を再び手にしようと陰謀を巡らせます。彼女が歌う『Zu Asche zu,Staub(灰へ、塵へ)』という曲が、ベルリン・ジャズエージの狂乱と絶望、耽美と退廃を象徴しているようで印象的です。


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※「モカ・エフティ」でのパフォーマンスで聴衆を興奮のるつぼに陥れるロシア貴族の末裔・スヴェトラーナ。後ろで踊る黒人ダンサーたちの髪型と衣装は、当時ヨーロッパで「黒のヴィーナス」と持て囃されたジョセフィン・ベイカーとそっくり。また、スヴェトラーナに陶酔していく聴衆の様子が、後年ヒットラーの演説に熱狂するさまに似ていて、ちょっと背筋が寒くなります。

 主人公のラートがPTSDを患っていることは先に述べました。当時シェルショックは神経細胞に損傷を受けたものと考えられていました。治療法としては脳への電気ショックが行われ、副作用として重篤認知障害が起こり、生きる意欲を失って廃人同様となることがままありました。前線を思い出すと震えが止まらなくなるラートは副作用を恐れ、当時はまだ異端であったフロイト主義者の精神分析医による催眠療法を受けているのですが、治療に使用されるバルビツールの量がかなり増えてきていて、ヲタク的にはちょっと心配。人体実験されそうだよね……。


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※大勢の男たちを翻弄する最強のファム・ファタル、スヴェトラーナを演じるのは、リトアニアの女優セヴィリヤ・ヤノシャウスカイテ。

 

 原作の「ゲレオン・ラート警部」シリーズ(フォルカー・クッチャー作)は、ヴァイマール共和国終焉直前1929年からナチ時代と第二次世界大戦へなだれ込む10年間を、ベルリンを舞台に描く壮大なシリーズだそうです。……ということは、原作は10作あるということですね。本国での熱狂ぶりを見ると、このドラマもシーズン10まで続いていきそう(ワクワク)楽しみです❗️

 

★今日の小ネタ…ジョセフィン・ベイカ


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 パリのフォリー・ベルジェール劇場で、当時19才のジョセフィンは、作り物のバナナをぶら下げた腰蓑(バナナ・スカート)だけの姿で、激しく腰を揺らすダンスを踊り、パリっ子の度肝を抜きました。あのジャン・コクトーが本人に「君がバナナのスカートを纏えば、とってもドレッシーだと思うよ」と発案したことがきっかけだそう。アメリカでの人種差別に辟易してフランスに渡った彼女はフランスに帰化ナチスに徹底抗戦したレジスタンスの闘士としても有名で、戦後は母国アメリカの公民権運動や日本の戦災孤児の援助等惜しみなく尽力した偉大な女性でした。2021年11月、パリにある国家的偉人の殿堂パンテオンに、黒人女性で初めて祭られることになりました。