KINOシネマ横浜みなとみらいにて、「聖なるイチジクの種」鑑賞。今日のみなとみらいはピーカン、冬晴れの清々しい光景が広がっていましたが、映画のほうは外界の明るさとは対極の、背筋が凍るような恐ろしい作品でした。
イランの法務省に勤務するイマン(ミシャク・ザラ)は、以前から目指していた予備判事に昇進しました。憧れの職務に心躍らせるイマン。しかし当時は※マフサ・アミニ事件の直後で、各地で政府に対して抗議の暴動が火のように燃え広がっていた時期。実際のイマンの業務は、1日に200人逮捕者に対して、非人道的且つ不当な刑罰を課すための国家の「犬」のような役割でした。反政府主義者からの報復の危険性を考慮して、自身と家族を守るための銃が支給されますが、ある日、家庭内でその銃が紛失するという大事件が。イマンの妻と2人は「絶対私たちではない」と言い張りますが、イマンは次第に疑心暗鬼に陥り……。
一見家族思いに見えたイマンが、予備判事の立場で銃を紛失したとなると、失職するばかりか3年の実刑に処せられると上司から言われた途端に、その罪を妻子に擦り付けようとし始める心理の変化……いや変化と言うより、彼の本性が剥き出しになったというべきか…が恐ろしすぎる。そして上司も、妻子を尋問にかけるようイマンに圧力をかけるのですから、何をか言わんや……。ヲタク見ていてあまりの理不尽さに血圧上がりました。この男どもの心理の奥に潜むものって、やはりインドやその他中東・アフリカの一部の国に見られる「名誉殺人」に通じる心理、つまりToxic Masculinity(トクシック・マスキュリニティ/有害なる男らしさ)の発露かと思われます。
……しかしあの悪夢のようなラストシーンはしばらく脳裏に張り付いて離れないだろうな……。しかしある意味あれは、「神の裁き」とも言えるのだろうか。イラン国内でも少しずつ女性たちが、ヒジャブ着用の強要をはじめとする政府の非人道的な政策(服装警察なんてものが存在するんだから恐れ入る)に対して抗議の声を上げ始めているようですが、母国を追われ海外で映画を撮り続けるモハマド・ラズロフ監督の、そんな国内の動きに対する熱烈なエールと感じるのはヲタクだけ⁉️
ミステリー&サスペンスの形式をとりながら、今イランが抱える諸問題を抉る手法は、北欧サスペンスに相通じる点があると思います。(北欧では、ミステリー・サスペンスとは謎解きを通じて社会の病巣について問題提起する文学・映像ジャンルと捉えられています)同様の問題作にはイラン系デンマーク人監督アリ・アッバシの「聖地には蜘蛛が巣を張る」がありますが、「聖地には〜」は実在の殺人事件を題材にしているのでサスペンス面では少し弱い点がありましたが、今作はミステリー&サスペンスとしても、社会派ドラマとしても1級品と言えるでしょう。
イランで禁錮8年、鞭打ち、財産没収の実刑が確定していたモハマド・ラスロフ監督が、国外へ脱出、カンヌ国際映画祭に持ち込んだこの映画。監督が命を賭けて世界に問うたこの衝撃作の価値を、あなた自身の眼で確かめてみて下さい。
★アリ・アッバシ監督の「聖地には蜘蛛が巣を張る」のレビューはコチラ⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩⇩
アッバシ監督は、ヲタクの熱烈推しセバスチャン・スタンがあのドナルド・トランプを演じて神がかっている「アプレンティス/ドナルド・トランプの創り方」の監督でもあります。