オタクの迷宮

海外記事を元ネタにエンタメ情報を発信したり、映画・舞台・ライブの感想、推し活のつれづれなどを呟く気ままなブログ。

アメリカンドリーム裏面史〜「ブルータリスト」


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 第2次世界大戦中、※ダッハウ強制収容所を逃れ、アメリカに移住したハンガリー出身のユダヤ人建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)。アメリカの地で建築家として名を成そうとする苦闘の歴史を克明に追った、言わば大河ドラマ。ドキュメンタリー風に撮っている場面も多々あるので、実在の人物かとヲタク勘違いして思わずググってしまいましたが、全くの架空の人物だったんですね(笑)

※あの「夜と霧」を書いた精神分析フランクルもこの収容所の生還者。アメリカ軍が解放した2番目の強制収容所であり、銃殺や絞首刑、ガス室の稼働も認められず、他の収容所に比べて生還者が比較的多かった。

 

 「ユダヤ人迫害とイスラエル建国を正当化する過大なユダヤ人礼賛映画だ」って批判していた人がいたけど、ヲタクはそうは思わなかったな。もっと広義に捉えていいような気がする。本編はたまたまユダヤ人の知識階級が主人公だったけど、戦後「自由と豊かさ」を求めて彼の地に降り立ったものの、夢破れ力尽きていった移民たちの、呪詛に満ちた、いわばアメリカンドリーム裏面史のような気がしてならないのです。

 

 主人公のラースローは故国ハンガリーでも著名な建築家で、億万長者の実業家ハリソン(ガイ・ピアーズ)に認められて1度はアメリカンドリームを手中に収めたかに思われます。しかし、故国の風俗習慣や宗教、何より言葉の壁に阻まれて、彼は結局アメリカ人になり切れずに終わってしまう。ハンガリー語で話す時は語彙豊かで詩的な表現が得意なラースローも、こと英語となるとハリソンに「その靴磨きみたいな英語を何とかしろ」と言われる始末。ポストモダン建築(つまりブルータリズム)のパトロンを気取ってはいるものの、そのじつ自己顕示欲のカタマリの俗物ハリソンの中身のない話にも、「生きるために」合わせなくてはいけないラースロー。

 

 

 建築の新たなアイデアが浮かんでもそれを100%表現する術を知らず、コミュニティセンター建設時、ラースローの設計では予算がかかり過ぎるとクレームを入れる業者を説得することが出来ずに思わず手を上げてしまった彼の姿に、ヲタクは数十年前、ヨーロッパで暮らした5年間を思い出しました。What to speakは溢れるほど持っているのに、How to speakが十分でないために、相手と理解し合うことが難しいもどかしさ、焦燥感。ラースローの姪ジョーフィナに懸想するハリソンの息子ハリー(ジョー・アルウィン)に、「話しかけても彼女は答えようとしない。全く無礼な女だ」と侮辱されてラースローが激昂する場面がありますが、ヲタクも当時現地の小学校に通っていた長女について担任の先生に「彼女、教室で一言も喋らないけど知能の発達に遅れがあるんじゃないの?」って言われて「まだ彼女は現地語をマスターできてないだけで、知能に問題はありません❗️」って反発したことがあるんだけど、その時の悔しさを思い出しましたよ(^_^;)社会から隔絶され、親子でどこにも属さず浮遊しているかのような、圧倒的な孤独感。(当時の長女の問題は、直後に彼女が算数で満点をとったことで先生の評価がガラッと変わり、「日本人はシャイなんだね」で落ち着いたんでめでたしめでたしだったのですが…^^;)

 

 ラースローが目指した「建築」は本来、言葉の壁を超越したものの筈。そんな才能を持つ彼ですら、アメリカで名を成すためには気の遠くなるような努力を要するのです。建築現場での様々な軋轢に耐えかねてヘロインに依存するようになったラースローにハリソンが言い放つ言葉…

迫害を糾弾するくせに、なぜわざわざ標的になるようなことをする?社会の寄生者のクセに。

にはヲタク、さすがに胸抉られました。

 

この国の人たちは俺たちのことが嫌いなんだ。俺たちは彼らにとって「無」。いや、「無」にも満たない。

と、吐き捨てるように呟くラースローの台詞にも。


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※オックスフォード大学出身で本国では第一線のジャーナリストとして活躍していた妻のエルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)。ニューヨークタイムズに就職したものの、紙面の穴埋め記事しか担当できずに焦燥を募らせます。ハリソン父娘の下らないジョークに引きつったようにエルジェーベトが笑うシーンも痛々しい……。

 

 ……結局ラースローと妻のエルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)は夢破れ力尽きて建国間もないイスラエルへと逃れていくのです。


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アメリカ人富豪の金満主義を戯画化したような役をノリノリで演じたジョー・アルウィン(上)とガイ・ピアース(下)……でも面白いことにアルウィンは英国人でピアースはオーストラリア人なんだよね。

 

 とにもかくにも、全編マジャール語訛りの米語を延々と喋るエイドリアン・ブロディの演技が上手すぎてもはや職人芸。Xのポストで、セバスタの熱烈ファンが、「エイドリアン・ブロディ恨みます」って投稿してたけど^^;、セバスタ推しのヲタクも「ブルータリスト」観る前は同じ気持ちでいたけどまあ……この演技見ちゃったら……ねぇ❓️しょうがないよね(笑)ブロディは言わずもがな、金と権力にモノを言わせてラースローを翻弄する、俗物実業家役のガイ・ピアースの怪演ぶりも見ものでっせー。ジョー・アルウィンアメリカン・イングリッシュも完ぺきだった……あ、テイラー・スィフトとの交際期間長かったもんね。当然か(笑)

 

 「You are my destiny」、「Buttons and Bows」、「So tired」等など、アメリカン・オールディーズのセンチメンタルで甘いメロディが全編を彩りますが、観た後味は……苦い、どこまでも苦いです。

 

 今回のアカデミー賞は、本作や「アノーラ」など、「アメリカンドリームの崩壊」をテーマにした作品が席巻しましたが、今アメリカが直面している現状を表しているような気がしてなりません。