オタクの迷宮

海外記事を元ネタにエンタメ情報を発信したり、映画・舞台・ライブの感想、推し活のつれづれなどを呟く気ままなブログ。

聖者と罪人の島、北アイルランド〜映画「プロフェッショナル」


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 相鉄線ゆめが丘駅前のシネコン「109シネマズ」でリーアム・ニーソン主演「プロフェッショナル」観賞。

 

 時は1970年代、北アイルランド。長い間殺し屋として人生の裏街道を歩き続けてきたフィンバー・マーフィー(リーアム・ニーソン)は年老いて引退を決意、海辺の美しい町グレン・コルム・キルで、庭を作りながらひっそりと余生を送ることにしました。しかしそんな折も折、首都ベルファストで爆破テロ事件を起こした※アイルランド共和軍IRA)の過激派が町に逃げ込んできます。彼らはパブで働くシングルマザーの家に身を潜めていましたが、彼女の一人娘のモヤが、その中のメンバーに性的虐待を受けているのを知ったフィンバーは……。

※1970〜1990年代、英国からの完全独立とアイルランド統一を目指して北アイルランド、ヨーロッパ各国でテロ活動を繰り返した武装組織。

 

 人を殺め続けてきた己の人生を悔い、1人の少女を救うために立ち上がる男の背中。リーアム・ニーソンが演じるからこそ、主人公が背負ってきた過去の重さ……戦禍の中で最愛の妻を亡くし「戦争が俺を変えてしまった」と空虚な眼で語る、過酷な人生を送ってきた男の哀愁が滲み出る。リーアムのいぶし銀のような演技が光ります。一方、IRA過激派のリーダー、デラン・マッキャンを「イニシェリン島の精霊」(2022年…監督 マーティン・マクドナー)で英国アカデミー助演女優賞に輝いたケリー・コンドンが演じているのですが、このデランという女性の描き方がなかなか興味深いんですよね。自らが起こした爆破テロで子供が犠牲になったことに心を痛める一方で、いざ追い詰められると「私たちはアイルランドの自由のために戦ってるんだよ!」とヒステリックに叫んで少女を平然と虐待する、矛盾に満ちた複雑な人物像をケリー・コンドンは巧みに演じて強烈な印象を残します。


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※ラスト、瀕死の重傷を負ったデラン(ケリー・コンドン)が行き着いた先はカトリック教会。息も絶え絶えに「神は私がしたことを見ていて下さる」と誇らしげに語るデランですが…。

 

 デランはペドフィリアの性癖を持つ弟をフィンバーに殺されたことで、またフィンバーは妻亡き後心の支えだった隣人の女性がデランに大怪我を負わされたことで互いに憎しみを募らせ、ついには命を賭けた泥沼の死闘にもつれ込んでいくのですが、その結果と言えば、北アイルランドの荒涼とした風景と同様、死屍累々の惨状に空しい風が吹き抜けていくばかり。原題は「The island of saints and sinners 聖者と罪人の島」。一体誰が聖者で誰が罪人だったのか。第二次世界大戦に従軍したトラウマから人格が変わってしまった(らしい)フィンバーは、法律で裁けない悪人たちに制裁を加える……という殺し屋哲学を持っているようですが、いくら正当化しようとしても殺人は殺人。結局のところフィンバーも、1度は封印した筈の散弾銃を再び手に取った時点で、デランたちIRAの過激派と同じ穴の狢(ムジナ)になってしまったのでは……?果たして北アイルランドの冷たい海に吹きすさぶ風は、彼らに答えをくれたのでしょうか?

 

 それにしても「プロフェッショナル」という安易な邦題、「殺しの流儀を教えてやる」「俺を怒らせるな」っていうB級アクション映画みたいなキャッチコピーはもうちっとどうにかならんかったのかいな(笑)主演のリーアム・ニーソンは言うに及ばず、ケリー・コンドン、キアラン・ハインズ、ジャック・グリーソン……と、キャストをアイルランド出身の俳優で固めたところから見ても、血と硝煙に塗れた北アイルランドの現代史を絡めた、映画「ベルファスト」(監督 ケネス・ブラナー)とはまた違った視点から描いた一種の人間ドラマだとヲタクは思ったけどね。


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※本作にも度々登場する、北アイルランドのコーズウェイ海岸線(From Pixabay)クリント・イーストウッドの長年の盟友である撮影監督トム・スターンが捉えた北アイルランドの風景は雄大で、息を呑むほどの美しさ。

 

北アイルランドIRAテロリズム

 映画を観終わってまず感じたこと。ヲタクはあの頃のテロリズムに対する恐怖感をまだ忘れていなかった……と今更ながらに感じました。特に映画の冒頭、デランたちが仕掛けた爆弾で子どもたちが犠牲になるシーン、背筋に冷や汗が流れてヲタク、一瞬この映画観に来たこと後悔したもん。

 

 「あの頃」とは、ヲタクが夫の海外赴任に帯同して家族でベルギーに滞在していた1990年代のこと。その頃のヨーロッパは激動の時代でした。赴任中に東西ドイツを隔てていた壁が壊され、チェルノブイリ原発事故からまだ10年も経っていないため農作物による健康被害が叫ばれ、さらには狂牛病の恐怖に苛まれ……(私たち家族は今でも献血をすることができません)そして何より、頻発するテロの恐怖と隣り合わせだったのです。中でもヨーロッパ全土を震撼させていたのがIRA。ヲタクの夫は北アイルランドに出張に行き、ベルファストのパーキングにしばらく駐車して、出庫した直後にそのパーキングが爆破されるという事件に遭遇、すんでのところで命拾いしたのです。

 

 今作をはじめとして、「ベルファスト」や「麦の穂を揺らす風」(2006年 ケン・ローチ監督)など、IRAというある種アンタッチャブルなテーマに真っ向から向き合った作品群を観ると、闇の歴史から眼を逸らさず、そこから新たな歩みを始めていこうというアイルランド人の気概を感じます。