オタクの迷宮

海外記事を元ネタにエンタメ情報を発信したり、映画・舞台・ライブの感想、推し活のつれづれなどを呟く気ままなブログ。

衝撃の新演出〜METライブビューイング「サロメ」


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 109シネマズ湘南にて、METライブビューイング「サロメ」(リヒャルト・シュトラウス)観賞。

 

 ヲタク的にサロメと言えば、どうしても脳裏に焼き付いて離れないのは、中学時代に読んだ岩波文庫サロメ」(オスカー・ワイルド作、福田恆存訳)❗️挿絵はもちろん、オーブリー・ビアズリー

 

 ユダヤヘロデ王の継娘、官能的な美女サロメは、義父が開催する宴を抜け出しテラスで涼んでいるところに、王への反逆者として地下牢に幽閉されている預言者カナーンの声を耳にします。その深く、魂を揺さぶるような声に惹かれたサロメは(めっちゃイケボだったんですな 笑)、家来たちに彼を地上へ引き出させます。彼の神秘的な美貌にたちまちのうちに恋に落ちたサロメは彼を熱烈にかき口説きますが、もとよりヨカナーンは俗世を捨てて神に全てを捧げた身、まるで穢らわしいものでも見るかのように彼女を見、「汝、呪われし女よ」と言って激しく拒絶します。再び宴に戻ったサロメに、日頃から彼女に良からぬ想いを抱く義父のヘロデ王は7つのヴェールの踊りを所望、サロメは「踊ったら何でも好きなものを1つもらう」ことを条件に、裸に纏った7枚のヴェールを踊りながら1枚ずつ脱ぎ捨てていくという扇情的な踊りを披露、彼女への欲情を滾らせるヘロデ王は、「何が所望じゃ。申してみよ」とサロメに問いかけます。サロメの答えは驚くべきものでした。

私に、ヨカナーンの首を銀の皿に載せてお持ちくださる?


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※アルマン・ポワン作「サロメの踊り」(1898)

ヘロデ王の目つきが……(笑)

 

 サロメはヨカナーンの首を腕に抱き、恍惚の表情を浮かべながら口吻をします。

私はお前の口に接吻するのだ、ヨカナーン
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 さしものヘロデ王サロメの愛の狂気に怖気を振るい、思わず兵たちに向かって叫びます。

この女を殺せ、殺すのだ!

 

 まあ、いくら当時ヲタクがマセガキだったとは言え、中坊は中坊、いくら手酷くフラレたにせよ、殺してしかも生首にキスって、ネクロフィリアの過激な台詞がただただ恐ろしくおぞましく、読んだことを激しく後悔したのを覚えています。

 

閑話休題

 

 さてさてMETライブビューイング「サロメ」(前置き長すぎ 笑)。1907年MET初演時は、そのあまりの衝撃的な内容が聖書への冒涜であるとして観客が大激怒、その後27年間上演禁止となった曰く付きの作品。新演出というだけあって、ストーリーやキャラ設定を抜本的に変更しており、まるで別の作品みたい(笑)

 

 まずは舞台を聖書の世界から、作者のオスカー・ワイルドが生きた19世紀のヴィクトリア朝英国へ持ってきました。そしてサロメの人物像も、原作の謎めいてニンフォマニアックなイメージではなく、彼女の常軌を逸した行動が、どうやら幼少期のトラウマにあるらしい…とわかります。(劇中、幼女のサロメが人形をバラバラに解体するシーンなど)考えれば、オスカー・ワイルドが活躍した19世紀末は退廃的で耽美主義が持て囃される一方で、フロイトの提唱する精神分析の黎明期でもありましたからね。


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そして何と❗️「7つのヴェールの踊り」には主役のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーを含め、7人の「サロメ」が登場。複数の自我と現在に至るまでの記憶を象徴してるそう。一瞬、サロメをビリー・ミリガンみたいな多重人格者として捉えたのかと思ったけど、それはヲタクの深読みのしすぎで(笑)よく見ると少女たちの年齢がそれぞれ違うから、成長に至るまでの複数の自我……ってことなんだね。この踊りによって、サロメが少女期からヘロデ王をはじめとして多くの男たちから性的虐待を受けていたことが仄めかされ、それが現在のサロメの果てしない所有欲、支配欲の要因になった……と、示唆されているように感じました。


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 ……ってまあいろいろ書いたけど(笑)何しろ今回のサロメはタイトルロールを演じたエルザ・ヴァン・デン・ヒーバーの独壇場❗️

リリコ・スピント系(ドラマ性と叙情性を併せ持つ)ソプラノとしては当代随一と謳われる彼女、METほどの大劇場でも最後列まで届くと言われるパワフルでエネルギッシュな歌声を余す所なく披露してくれます。持ち役に「ローエングリン」のエルザ、「タンホイザー」のエルザ、「ワルキューレ」のジークリンデ……と、ワーグナーのオペラが名を連ねるのもむべなるかな。特にサロメは、地下牢から聞こえるヨカナーンの声に魅了され、これまでの爛れた愛欲生活から一瞬、立ち直ろうとするものの、ヨカナーンから「バビロンの娘、ソドムの娘、呪われよ」と手酷く拒絶されてからは怒り狂い、拒まれた恋の復讐にひた走るのですが、その時の感情の揺れの表現がさすが、素晴らしかった。またラスト、「大海の水も大河の水も、この滾る欲望は癒せない」と身悶える時の苦悶の表情も。ヲタクはこれまで数々のMETライブビューイング作品を観賞してきましたが、カーテンコール時、エルザに対する拍手と「ブラヴォー」の声はいつにも増して大きかったように感じました。それだけこの「サロメ」が、技術的にも演技上も難役だ……という証なのではないでしょうか。


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METライブビューイング「サロメ」は全国の劇場で7月3日(木)までの公開。あまたあるオペラの名作の中でも異色の衝撃作を近くの劇場でぜひ❗️

 

〈今日の小ネタ〉 

1.映画「アイズ・ワイド・シャット」と「シャイニング」の影響

 冒頭で、案内役を務めるアイグル・アクメチーナが、今回のギュート新演出は、映画「アイズ・ワイド・シャット」(1999年 主演/トム・クルーズニコール・キッドマン)と「シャイニング」(1980年 主演/ジャック・ニコルソンシェリー・デュバル)を参考にしたことを明らかにしてました。どの辺りに影響を受けたのか、ヲタクなりに分析してみました。

 

 悪魔を連想させるマスク集団は明らかに、「アイズ〜」の、ヴェネチアンマスクを被った秘密結社の夜の集会を想起させますし(ギュート自身も、「端正な宮廷の夜の顔は淫靡で背徳的」と言ってます)、サロメの過去の成長過程における少女たちの、まるで感情が無いような冷たい不気味さは「シャイニング」の双子に相通じるような気がします。サロメの異常行動が、幼少期のトラウマに起因する……という精神分析学的解釈も然り。


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アイズ・ワイド・シャット」の秘密の夜会シーン(上)と、「シャイニング」の双子(下)。

 

2.ペーター・マッテイとゲルハルド・ジーゲル


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※マッテイ(上)は193センチの長身。180センチのエルザと並ぶとスゴイ迫力(笑)ジーゲル(下)は、作曲家からオペラ歌手に転身したという変わり種。

 ゲルハルド・ジーゲル演じるヘロデ王のエロ親父っぷりときたら、ホントにキモいんですが(演技、ウマすぎ^_^;)ジーゲルはテノールなんですよね。オペラではヒーローをテノールが演じ、バリトンが敵役を演じることが多い印象がありますが、「サロメ」では逆ですね。まあでも、預言者カナーンは一般的な恋愛感情を一切持たない、ある意味冷酷な人なわけだから、バリトンが歌うのはぴったりなのかも。ちなみにヲタクはテノールよりバリトン好き😍中でも、ドン・ジョバンニとかスカルピアみたいな色悪っぽいキャラに惹かれます。