怪物が自らを赦すという奇跡──デル・トロ版『フランケンシュタイン』が描く異形の魂の救済

Netflixオリジナル、ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』鑑賞。
原作はご存知、英国の作家メアリー・シェリーの書いた『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』戦士した兵士の遺体を合成して人造人間を作り上げた、マッド・サイエンティストの元祖みたいなヴィクター・フランケンシュタイン博士を、全能の神ゼウスから火を盗んで人間に分け与え、その罪を償うため三万年の長きに渡り巨大な鷲に肝臓を啄まれたと言われるギリシャ神話のプロメテウスになぞらえたわけですね。おそらくシェリーは、フランケンシュタイン博士の姿を通して、キリスト教における「傲慢の罪」がいかに重大なものであるかを描きたかったのではないかと思われます。(「傲慢の罪」は七つの大罪のうち、最も重いもので、神の恵みや他者の存在を軽んじ、見下す罪)
ヲタクは以前、ナショナル・シアターライブ(英国の名だたる舞台を映画化する試み)でベネディクト・カンバーバッチが創造物(怪物とは言いません、念のため)を演じたバージョンを観てるんですが、ほぼ原作のテーマを踏襲してました。フランケンシュタイン博士の傲慢ぶりときたら胸糞悪いくらいで(下品な言い方お許しを^^;)、ベネさま演じる創造物が博士を憎んで地獄の果てまで追いかけ回し、凄惨な結末に至るんで、鑑賞後の気分はあんまり良くなかった😅『エレファント・マン』を観た後みたいな……ね。
しかしご安心下さい❗️
『パンズ・ラビリンス』や『シェイプ・オブ・ウォーター』などの作品で、「異形の者の美」を描き続けてきたデル・トロ監督のこと、フランケンシュタイン博士(オスカー・アイザック)のマッドサイエンティストぶりよりもむしろ、無垢の存在として生まれた異形の創造物(ジェイコブ・エロルディ)が博士の元を離れて放浪するうち様々な人との出会いにより、次第に知性を得、愛に目覚め、それゆえ絶望や憎しみも抱くようになる過程が丁寧に描かれていて、ついには博士を赦し、和解に至るラストシーンには泣かされます🥲デル・トロ監督の作品群に見られる、社会から弾き出された者、その外見ゆえに差別を受けている者への温かい眼差しが随所に見られる人間ドラマの味わい。
★美丈夫、ジェイコブ・エロルディ

※美しきモンスター…もとい、クリーチャーを魅力的に演じたジェイコブ・エロルディ
何しろ創造物を演じるのがあのジェームズ・エロルディだからね❗️魅力的じゃないわけないのよ(笑)誕生時のムキムキ美ボディには目を奪われるし(⇐バカ^^;)、まるで創造物のことを描いたような英国の詩人シェリーの「オジマンディアス」の1節、「我が名はオジマンディアス、王の中の王。我が業を見よ、強き者よ、そして絶望せよ」を朗読する時の深い声と来たら❗️まるで創造物の未来を予見するような内容にも鳥肌もので、創造物に同情し、やがて彼と恋に落ちる女性・エリザベス(ミア・ゴス)の気持ちもわかっちゃうよなぁ(笑)

※創造物の純粋さに惹かれていくエリザベス(ミア・ゴス)。この作品中の彼女の姿はまるで、ルネッサンス絵画から抜け出たよう😍
それにしてもデル・トロ監督、人外さんと人間の女性のロマンス好きだよねぇ。今作然り、『シェイプ・オブ・ウォーター』(聾唖の孤独な女性(サリー・ホーキンス)と半魚人の切ないロマンス)然り。『パンズ・ラビリンス』のペールマンだって、あんな見た目なのに妙に色っぽかったもんね(笑)いやあの、ヲタクも人外さん大好きなんで何の問題もございません(笑)
誰もが知る古典的な「怪物譚」(古くはボリス・カーロフが主演したユニバーサル映画が有名)が監督による全く新しい視点で捉え直されているこの作品。デル・トロ監督らしい鮮やかな映像で全編が彩られ、彼の特徴とも言える「美と恐怖の融合」が色濃く打ち出されており、そして人外✕人間の愛を描くことによって、私たち現代人の孤独感を一層強く浮き彫りにした作品となっています。

※その美ボディを買われてカルヴァン・クラインの下着モデルも務めたジェイコブ。ご本人曰く「身体を鍛えるのは役作りの一環で、そればかり注目されるのは心外」と仰っているので、あまり大騒ぎするのはやめときます(笑)