オタクの迷宮

映画・ドラマ・舞台レビュー、ケルト文化、滅びの美学、推し活のつれづれまで── 観て、感じて、考える。 "好きなモノ・人"についてしか語らない偏愛のブログ。そして今日もどこかで、ヲタクが迷走中。

宮本浩次「風と私の物語」MVと、父が歩いた呉の街

 本日、宮本浩次さんの『風と私の物語』MVが配信開始となりました❗️

 

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  風に吹かれながら、想いを噛み締めるように歩いていく宮本さんの姿は、何か胸に迫るものがありました。

 

 宮本さんが先日撮影場所をインスタに上げて下さった時は、ヲタクはてっきり京浜工業地帯のどこかかな⋯と思ってブログにもそう書きましたが、全然予想違っていましたね(笑)

 

 撮影場所は広島県呉市だったそうです。そう言われれば、『風と私の物語』が主題歌となった映画『沈黙の艦隊』のロケ地も呉市だったね😅

 

呉市はかつて旧海軍の拠点として栄えた港町

 

 

 ヲタクは20年ほど前に広島市内で原爆ドームや資料館を見学後、江田島の海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)を訪れた時に呉市を通りました。でも、車で通過しただけだから⋯。その時は、海軍兵学校の学生だった時に終戦を迎えた、父の名前と写真を確認しに行ったのです。(家族・親族は申請すれば確認できることになっています)

 

 江田島から山陽本線で東京へ帰る時、広島で降りて市中被爆し、後年皮膚がんに苦しみながらも海上自衛官として定年まで勤め上げた父。

 

 父は1952年海上自衛隊の前身である海上警備隊に入隊、米国から貸与されたフリゲート艦に無線士として乗り込んでいました。

 

 当時呉市は、寄港後に父がしょっちゅう歩いていた街。

その頃ヲタクはまだ生まれていなかったけど⋯。

(ヲタクが産まれた時も父は艦上にいて、「お産婆さんにあなたを自宅で取り上げてもらったけど、本当に心細くて辛かった」という母の怨嗟を、ヲタクは幼少時から聞かされて育つことになります 笑)

 

 今、MVで呉市街の坂道を駆け下りる宮本さんの姿を追いつつ

その背中にヲタクは

戦前戦後を、日本を守ることだけを考え

焦土と化した日本の復興を願いながら

駆け足で生き抜いた父の姿を重ねて見ている。

 

 時代は変わって、街の姿も変わった。

人も年老い、やがて次の世代へと様々なものを手渡していく。

やがてはヲタク自身も----------。

でも、青い空は 街に吹く風は あの頃も今も少しも変わらない。

 

だから今日も

 

青く澄んだ空に向かって出かけよう

風に誘われ髪をなびかせて行こう

青く澄んだ空に向かって歌うよ

今の私のすべてをあなたに伝えたいから

--------宮本浩次「風と私の物語」より

 

かつて父が歩いた街で

宮本さんが風の中を歩いている。

 

そんなことを思いながら、ヲタクは

今日も青い空を見上げている。