横浜地下鉄ブルーラインセンター南駅前のシネコン「109シネマズ港北」にて、リチャード・リンクレイター監督の新作映画『ブルームーン』を鑑賞。
1943年11月。
冷たい雨のそぼ降るニューヨークの八番街。
作詞家ロレンツ・ハート(イーサン・ホーク)は、酔った足取りでふらふらと歩きながらゴミ箱にぶつかり、そのまま泥の中に倒れ込みました。動かない彼の横顔に容赦なく雨が打ち付けて------。
場面は変わって8ヶ月前、1943年3月31日の夜。
ハートはブロードウェイの劇場で、かつての相棒リチャード・ロジャース(アンドリュー・スコット)が作曲したミュージカル『オクラホマ!』の初日を、複雑な思いで見つめていました。
満場の拍手喝采を浴びるロジャース。『オクラホマ!』は、ロジャースが20年に渡るハートとのパートナーシップを休止した直後、新たにコンビを組んだオスカー・ハマースタイン2世との作品第一作目でした。
その夜、ブロードウェイのレストラン「サーディーズ」で開かれた祝賀パーティに招待されたハート。圧倒的な孤独感と報われぬ愛、旧友への嫉妬、自らの将来への焦りと不安に苛まれるハートの、忘れがたい一夜が幕を開ける---------❗️

★これはイーサン・ホークのキャリア最高演技かもしれない
低身長(152cm)の割に頭が大きい、醜い容姿であるが故に自分は愛されないんだと思い込み、生涯激しい劣等感を苛まれていたと言われるロレンツ・ハート。さらに彼は、当時アメリカでもタブー視されていた同性愛者でした。
まるで舞台劇のような構成で、イーサン・ホークは徹頭徹尾、膨大な台詞量を喋りまくり、それはほぼ一人芝居のよう😅

※ハート(左)の皮肉や毒舌を柔らかく受け止めるバーテンダーのエディ役にボビー・カナヴェイル。イイ味出してます❗️
心の中に巣食うどうしようもない抑鬱やコンプレックスをストレートに出すことができず、自虐や皮肉に転化させ、自ら道化役を演じてみせるハート。
彼が唯一心を曝け出せることができたのが、彼の文学上の弟子、当時20才のイェール大学生エリザベス・ウェイランド(マーガレット・クアリー)。しかし彼女もまた、「…僕のこと、少しは愛せる❓️」と、おどおどと問いかけるハートに、戸惑うような表情を見せた後、「本当にごめんなさい。愛が…愛の種類が違うの。貴方のことは尊敬してる」と絞り出すように言うのです。何という残酷な成り行き。(エリザベス・ウェイランドは、アメリカの考古学者、言語学者、テキスタイル研究家。この映画は、彼女とハートが交わした書簡に基づいて作られています)
蒼い月
いつもひとりたたずんでいた夜
夢をみるわけでもなく
胸に愛のかけらもなく
蒼い月
僕がたたずむ理由を知っていたのか
祈りをとなえるのを聞いていたのか
心底、愛する人がほしいと
映画の題名にもなっている『ブルームーン』の歌詞そのままのシーンですが、エリザベスの返事を聞いた時の、イーサン・ホークの何とも言えない表情❗️----------切なすぎて、ヲタク一生忘れられないかも😭
しかも彼女は、その後詩人として認められたい野心から、「サーディーズ」にハートを一人残して、ロジャースと共にロジャースの自宅で開かれる祝賀パーティーへと去っていってしまいます。

※ロレンツ・ハート晩年最後の想い人を瑞々しく演じたマーガレット・クアリー(左)
今作の演技で、イーサン・ホークはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされていますが、今までの長いキャリアを考えても、受賞はかなり濃厚なんじゃないか…って思ってます。
この映画は、全編ブロードウェイのレストラン「サーディーズ」で進行するワン・シチュエーションドラマ。
つまり私たち観客は、破滅に向かう天才ロレンツ・ハートの“最後の夜”を、同じ部屋で静かに見守る目撃者となるのです。
彼の不安も、絶望も、そして彼を待ち受ける残酷な運命を知りつつ、何もなすすべがないまま--------。
★アンドリュー・スコットの静かな名演
この作品の見どころは、ロレンツ・ハートとリチャード・ロジャース、2人の天才の対照的な生き方の描写と、それぞれを演じるイーサン・ホーク、アンドリュー・スコットの、静かな火花散る演技合戦にあると言えましょう。
今までヲタクは激推しアンドリューについて絶賛記事を多数書いてきましたが、またひとつ増えました。…いやだって、毎回毎回彼の演技が素晴らしすぎて、絶賛するしかないんだもん(笑)
イーサン・ホークの「動」の演技に対して、アンドリューは「静」。
彼が演じるリチャード・ロジャースは、『オクラホマ❗️』や『王様と私』、『サウンド・オブ・ミュージック』等々、誰もが知る人気ミュージカルの作曲を手掛けたアメリカ音楽界の巨人。
かつての相棒ハートの才能に深く敬意を表しながらも、アルコールによって破滅に向かう彼を切り捨てなくてはならない非情さと、その裏に滲む逡巡を、アンドリュー・スコットは穏やかな眼差しと、ため息交じりの会話、静かな怒りを湛えた表情で表現してみせました。

※この夜を境に、アメリカ音楽界のトップに駆け上がっていくリチャード・ロジャース(左…アンドリュー・スコット)と、破滅へと突き進むロレンツ・ハート(右…イーサン・ホーク)
ロジャースその人になり切るため、作品中ピアノを弾く場面が無いにもかかわらず、撮影の数カ月前からピアノの特訓に臨んだというアンドリュー。リチャード・ロジャース特有の、ピアノを撫でるように弾く優雅な手の動きをマスターしたそうです。
ロジャースは何とかハートを立ち直らせようと、2人の旧作『コネティカット・ヤンキー』(マーク・トウェイン原作『アーサー王宮廷のコネティカット・ヤンキー』を基にした、ハート&ロジャースコンビによるミュージカル)改訂版の作詞をハートに申し出ます。エンタメ界の言わば職人であるロジャースは、第二次世界大戦下の陰鬱な世相において、人々が求めているものは、明るく楽しく元気が出る作品だと知っていたからです。しかしあくまでも詩的な芸術性を志向するハートは納得せず、2人の話は最後まで平行線を辿ります。
都会的で、人生の苦さを歌う物憂げな名曲『ブルームーン』が流れる中、
かつてブロードウェイを輝かせた二人の天才は、
全く違う未来へと歩き出していく。
この映画は、華やかなブロードウェイの成功物語ではなく、一人の天才が、友と、そして栄光の瞬間と訣別し、ゆっくりと転落していくさまを封じ込めた“時間の密室劇”でした。
★トリビアあれこれ
その1『ブルー・ムーン』とイーサン・ホーク
作品の題名にもなっている、ハート&ロジャースコンビによるジャズのスタンダードナンバー『ブルームーン』。あまり知られてませんが、イーサン・ホークは『ブルーに生まれついて』(2015年)という映画の中で、1950年代の有名なジャズ・トランペット奏者・歌手のチェット・ベイカーを演じ、『ブルー・ムーン』を歌っています。

その時はまさか、ロレンツ・ハート本人を演じる時が来るなんて、イーサン自身想像もしていなかったでしょうけど。
★その2 スティーヴン・ソンドハイム少年
ほんの一瞬ですが、オスカー・ハマースタイン2世の愛弟子で、当時10代の少年だったスティーヴン・ソンドハイムがハートに挨拶するシーンがあります。
「作詞には内部韻(Internal rhyme)が大事なんだ」と言うハートに、「そんなこと知ってます」と切り返していて、早熟な天才の片鱗をうかがわせます。(ソンドハイムは後年、レナード・バーンスタインと組んで、アメリカミュージカルの最高傑作と称される『ウェストサイド物語』を生み出すのです。)
その3 『オクラホマ❗️』
『オクラホマ❗️』はね、ヲタクが中学生の時に、宝塚ファンだった叔母に連れて行ってもらった舞台。牧歌的で、中学生のヲタクにも充分理解できる、明るく楽しい舞台でしたよ。西部の荒くれ男を演じた上月晃と古城都は従来の宝塚の華やかな化粧ではなく、ブラウンのドーランを塗っていて、リアルな芝居にトライしてました。宝塚史上、初めてのブロードウェイミュージカルだったそうです。
一方ハートが作詞した歌の数々は、例えば、ニューヨークの社交界を皮肉った『The Lady Is a Tramp』のtramp(浮浪者)とdamp(ジメジメした)の韻の踏み方や、
『Bewitched, Bothered and Bewildered』の歌詞
Couldn't sleep, and wouldn't sleep / Until I could sleep where I shouldn't sleep."
(眠れなかった、眠りたくもなかった / 眠っちゃいけない場所で眠れるようになるまでは。)の、助動詞の使い分けによる感情表現など、天才だけがなし得る知的な言葉遊びに満ち、その底から、何とも言えない人生の苦さ、やり切れなさが浮かび上がってきます。
----------こう考えると、ロジャース(アンドリュー・スコット)は、新たな相棒であるオスカー・ハマースタイン2世の詞を陰で「少しばかり退屈で、健全な歌」と評していた-----というのも頷けます。
ロジャースはハートを切り捨て、代わりに地位と名声と莫大な富を得たけれど、果たして彼の中に達成感はあったのだろうか…。
その答えを、今となっては誰にも確かめることはできないけれど。