オタクの迷宮

映画・ドラマ・舞台レビュー、ケルト文化、滅びの美学、推し活のつれづれまで── 観て、感じて、考える。 "好きなモノ・人"についてしか語らない偏愛のブログ。そして今日もどこかで、ヲタクが迷走中。

芸術家の愛は残酷-----『センチメンタル・バリュー』感想

 「KINOシネマ横浜みなとみらい」にて、ヨアキム・トリアー監督の新作『センチメンタル・バリュー』鑑賞。

 

 主演はレナーテ・レインスヴェ。
ヨアキム・トリアー監督×レナーテといえば、レナーテがカンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いた『わたしは最悪。』の黄金コンビです。

 

 ヲタクは、あまりにも素晴らしい作品、あまりにも素晴らしい演技に出逢うと、感動したシーンの一つ一つを脳内で反芻して、いつまでもその中で彷徨していたいタイプ。今回の『センチメンタル・バリュー』もそんな作品の1つだけど、読者さんの中にはヲタクの新作レビューを楽しみにしていて、「新作映画を選ぶ時の参考にしてます」って言って下さる方もいらっしゃるので、脳内妄想を振り払ってレビュー書いてみますね😅

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 長年シングルマザーとして自分たちを育ててくれた母親の葬儀。舞台女優として名を成しつつある姉のノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、妹のアグネス(インガ・ブリスドッテル・リレアス)は、参列客の対応に追われていました。そんな中、母と離婚後ろくに連絡も寄越さなかった父グスタフ(ステラン・スカルスガルド)が、突然家に戻ってきます。彼は世界でも名を知られた映画監督です。

 

 業界では巨匠扱いのグスタフでしたが、15年ぶりに、過去の集大成とも言える新作映画を撮ることになり、その主役をノーラに依頼しにきたのでした。母の死を悼むでもなく、自分の新作映画の話ばかりする父。「せめて脚本でも読んでくれ」と懇願する父に対して激怒し、けんもほろろに脚本を突き返すノーラでしたが--------。

 

★父の監督作品の脚本とは❓️

(以下、ネタバレあり)

 ノーラが一切目を通さず父親に突き返した脚本の中身が、今作を貫く重要なテーマになっているんですよね。当初は、第2次世界大戦中国家反逆罪(ナチス・ドイツに対するレジスタンス運動)で捕らえられ、拷問の末投獄されて、そのトラウマから7歳のグスタフを残して自死したグスタフの母カリンについてのストーリーかと思われたものが、実はノーラへの壮大なラブレターだった…というラスト。(この脚本のナゾが解けるまでは、ちょっとヒューマン・ミステリ風味もアリ)

 

 繊細で誇り高く、傷ついた心を自分自身で立て直すことのできない、孤独な芸術家肌のノーラ。父グスタフに「捨てられた」と思い込み、少女期から彼を恨んでいたノーラが、一俳優として父親の脚本と対峙した時はじめて、舞台と映画、ジャンルは違えども同じ芸術家としての父の「業」を理解し、許していくシーンは最大のクライマックスです。

 

★素晴らしい演技アンサンブル

 この作品の演技でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされているレナーテ・レインスヴェ演じるノーラはもちろんのこと、娘たちを彼なりのやり方で愛しながらも、芸術家としての冷酷さをちらつかせるグスタフ(ステラン・スカルスガルド)、似た者同士であるが故に反発し合うグスタフとノーラの間を取り持とうと心を砕くしっかり者の妹アグネス(インガ・ブリスドッテル・リレアス)、演技派女優への脱皮を目指してノーラの代役を引き受けたものの、グスタフの真意を掴みきれず悩むアメリカ人女優(エル・ファニング)-------と、それぞれの視点で紡がれる物語ですが、それがバラバラにならず、綺麗に融合していくさまが、まるで弦楽四重奏のよう。そして、その弾き手たち(演技者)のアンサンブルが何より美しいのです。

 

★涙なくして見れないシーンは…

 父と娘の、芸術家同士の息詰まるような葛藤が主軸の作品ですが、そんな中、私たちが何もかも忘れて、素直な涙を流せるワンシーンがあります。それは---------。

 

 女優としては成功していても、結婚もできず自身を社会不適合者と考えてコンプレックスを抱き続けてきたノーラ。そんなノーラが、温かい家庭を築いているアグネスに向かって

貴方は成功してる。ちゃんと家庭を築いて。でも私は失敗作だわ。2人ともひどい境遇で育ったのに、どうしてあなたは立派に育ったんだろう。

と呟くのですが、それに対して妹のアグネスが

 

それはね、私には姉さんがいてくれたから。

朝は髪を梳かしてくれて、一緒に学校についてきてくれて。

そう言ってノーラを抱き締め、「大好きよ」と囁くのです。ヲタク涙で霞んでスクリーン見えず(笑)

 

★芸術家のどうしようもない性(さが)

 観終わった後。父と娘の和解に涙しながらふと、ヲタクが思ったこと。

 

 芸術家一家に育ち、自身も映像芸術を紡ぐ鬼才、ヨアキム・トリアー監督。彼の分身であるグスタフは、確かにノーラを自らの映画の主役に据えることによって、彼女への愛を作品という形で結実させました。

 

 しかし同時に、ノーラは父を許すことで、父の芸術世界に「取り込まれて」しまったのです。

 

そう気づいた時、ヲタクはちょっとゾッとした😅

 

 題名のセンチメンタルバリュー(Sentimental value)は、客観的・金銭的な価値ではなく、持ち主の感情や思い出(愛着)に結びついた「情緒的価値」を意味します。巷の口コミや批評では、物質的な価値を越え、家族の価値や思い出に気づいた父娘のストーリー…っていうのがこの映画の定説になっているけど、ヨアキム・トリアー監督、そんなに素直な人❓️(笑)

 

 家族の思い出や愛すらも超越した、「至高の芸術性」の希求が、父グスタフ、いやトリアー監督にとってのセンチメンタル・バリューだとしたら…❗️❓️

 

芸術家とは
私生活を切り売りし
家族の愛すらも作品として消費してしまう
世の中で最も高貴で
同時に残酷な存在なのかもしれない-------と。

 

★今日のトリビア…クヴィスリング政権の闇

 作中で語られるレジスタンスの悲劇は、実際のノルウェー史と深く結びついています。

 

なぜ、ナチス・ドイツへのレジスタンス運動が「国家反逆罪」になったのか❓️

 

 それは当時、「ノルウェーのヒトラー」と呼ばれたファシスト党主ヴィドクン・クヴィスリング(1887 - 1945)が第2次世界大戦下に政権を握り、ナチス・ドイツをノルウェーに招き入れ、反ナチス・ドイツのレジスタンス活動家を弾圧してたからです。

 

 アグネスが当時の警察資料から、数々の拷問の写真を見るシーンがあるのですが、目を背けたくなるほど残酷😭

 

 こういったノルウェーの歴史の闇も直視するストーリー展開は、ノルウェーという、表面的には豊かで成熟した社会の裏に潜む歪みや問題点を描き続けてきた監督らしい視点だと思います。

 

👇️ヨアキム・トリアー監督とレナーテ・レインスヴェの黄金コンビ作品『わたしは最悪。』のレビューはコチラ👇️

https://www.rie4771.com/entry/2023/01/14/%E5%BF%83%E3%81%AB%E5%88%BA%E3%81%95%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%82%8B%EF%BC%93%EF%BC%90%E6%AD%B3%E3%81%AE%E8%82%96%E5%83%8F%E7%94%BB%E3%80%9C%E3%80%8E%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%AF%E6%9C%80%E6%82%AA