オタクの迷宮

映画・ドラマ・舞台レビュー、ケルト文化、滅びの美学、推し活のつれづれまで── 観て、感じて、考える。 "好きなモノ・人"についてしか語らない偏愛のブログ。そして今日もどこかで、ヲタクが迷走中。

なぜ私はアイルランド俳優に惹かれるのか——ケルトの情念と“滅びの美”

ケルトの十字架(ハイクロス)は、神性、永遠の愛、大地、そして魂の再生を意味する。

 

 

 前回、ジェシー・バックリーが『ハムネット』でアカデミー主演女優賞を受賞したことについて記事を書きました。ジェシーはデビュー直後から、その卓越した演技に魅せられてずっと追いかけてきた女優さんですが、なぜこんなにも彼女に惹かれるのか。

 

 答えを探し続けていたヲタクは一つの答に行き着きました。それは-------

アイルランド。ひいては、ケルト文化。


ジェシーだけでなく、スクリーンの中でヲタクがこれまでどうしようもなく魅了されてきた俳優たちには共通点があります。

 

どこか壊れそうな危うさ。
その奥に潜む、言葉にならない陰影や、ふとした瞬間に噴き出す、マグマのような情念。

 

ケルトの血を引く彼らに、無意識のうちに私は、強く惹かれていたのです。

 

◆スクリーンに宿る"滅びの美"

ケルトの情念を体現する俳優たち

 

気高き孤高の人、ピーター・オトゥール

その源流を辿るなら、やはりこの人に行き着きます。ヲタクにとって、所謂「推し活」の元祖はピーター・オトゥール。


映画『アラビアのロレンス』(1962年 監督:デヴィッド・リーン)で彼が演じたのは、
理想と現実の狭間で引き裂かれていく男。
青い瞳に宿るのは、英雄の輝きと同時に、どこか危うい狂気。

 

 その立ち姿はあまりにも美しく、そして同時に、
崩壊へと向かっていくことを予感させる。
気高く、孤独で、そして壊れていく。
ピーター・オトゥールの演技には、
すでに“滅びの美学”が宿っていました。

 

 高校の頃、ピーターの演技を通じて、彼が演じた実在の人物トマス・エドワード・ロレンスにも夢中になり、受験勉強そっちのけで彼の大書『Seven Pillars of Wisdom(知恵の七柱)』を辞書首っ引きで読みふけり、挙句の果てには高3の夏休み、予備校をサボって横浜から熱海の小さな映画館に『アラビアのロレンス』を観に行きました。-------しかし、ヲタクが観に行ったその日だけその映画館は「夏休み親子映画大会」で、アニメ上映中だった…という悲惨な結末(笑)

 

静寂の中の密やかな狂気------キリアン・マーフィ

 一見すると抑制的で、理知的。
けれどその内側には、決して消えることのない、ヒリヒリとした緊張感がある。

 

 キリアン・マーフィの演技は、
爆発するのではなく、静かに“ひび割れていく”。
その微細な揺らぎが、私たちの心をざわつかせる。
その均衡の危うさこそが、彼の魅力です。

 

感情の臨界点------アンドリュー・スコット

 そしてもう一人。
アンドリュー・スコットの演技には、
抑えきれない感情が、常にぎりぎりのところで揺れています。
静かに語っているだけの場面でさえ、
どこかに破裂寸前のエネルギーが潜んでいる。
その感情は、美しく、そしてどこか危険です。
まるで、触れれば崩れて、しかも人を傷つける凶器にもなるガラスのように。

 

昔から言われています。
アイルランド人俳優が舞台に立つと、舞台が燃える*と。


 それは決して誇張ではありません。 


彼らの中には、
理性では制御しきれない“何か”がある。
それは、古代から受け継がれてきた
ケルトの情念そのものなのかもしれません。

 

 そしてこの感覚は、やがてひとつの言葉へと繋がっていきます。
——“滅びの美学”へ。

 

★全てはあの場所から始まった---アイルランド西海岸

 すべての始まりは、あの場所だったのかもしれません。


 30年前、ヲタクはアイルランドを旅していました。
ロンドンからコークへ飛び、
キラーニーの森と湖、中世の城の廃墟を巡り、
ディングル半島の荒々しい海岸線を走り抜けて、
たどり着いたのが、最西端の断崖——

 そこに立ったとき、ヲタクは言葉を失いました。
目の前に広がるのは、どこまでも続く大西洋。
空と海の境界すら曖昧な、灰色の世界。
風は容赦なく吹きつけ、
足元の崖は、ただまっすぐに海へと落ちていく。
——この先には、もう何もない。
そんな感覚が、身体の奥に静かに広がっていきました。

まるで子どもの頃に夢見ていた“異世界”に、
自分が立っているような気がしました。

ケルトの人々が、海の向こうに異界を見た理由が、
そのとき初めて、体感として理解できた気がしたのです。

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 終わりの気配を孕んだ風景。
永遠ではないことを知っているからこそ、美しく見える世界。

 

 だからヲタクはその後も、
映画の中に、
俳優の演技の中に、
歴史の人物の中に、
同じ感覚を探し続けてきたのだと思います。

アイルランドの断崖で感じた、あの“何か”を。