気づけば、「オタクの迷宮」も、いつのまにか1500記事に辿り着いていました。
——けれど不思議なことに、この数字には、あまり実感がありません。
むしろ今、はっきりと言葉にできるのは——
「私は、なぜ書き続けてきたのか」ということです。
映画、ドラマ、舞台、そして美しい俳優たち。
歴史上の人物なら、T.E.ロレンス、チェーザレ・ボルジア、土方歳三。
時代も国も違う彼らに、私はなぜこれほどまでに惹かれてきたのか。
1500記事を書いてきて、ようやく気づきました。
——私は、「滅びゆくもの」に宿る美を愛でているのだ、と。
栄光の絶頂ではなく、その終わり際に現れる、あの一瞬の光芒。
完全ではないからこそ放たれる、危うく、歪で、どうしようもなく美しい光。
それはたぶん、世間一般で言うところの「幸福」とは、少し違う場所にあるものです。
けれど私は、その光から目を逸らすことができない。
あえて名前をつけるのなら——
ヲタクはきっと、※「デカダン・ロマン主義者」なのだと思います。
※学術上、メインストリームな用語ではありませんが、ロマン主義の末期的な退廃要素や、世紀末の耽美主義・デカダンス(退廃主義)を指す言葉として、関連性の中で言及されることはあります。
「オタクの迷宮」は、そんな美しさを追いかけながら、観て、感じて、考えたことを綴ってきた場所。
そしてこれからもきっと、変わらない。
◆歴史に見る"滅びの英雄"たち
・理想に焼かれた男------トマス・エドワード・ロレンス(1888〜1935)

アラビアの砂漠に身を投じ、アラブの独立という理想に生きた大英帝国の軍人。
しかし彼の理想は、大国の思惑の中で裏切られていく。
彼自身もまた、英雄でありながら、どこか壊れていくような影を帯びていた。
勝利の中にすでに破綻を孕んでいた存在。
その矛盾こそが、ロレンスという人物の美しさなのだと思います。
・美と権力の頂点で滅びた男-----チェーザレ・ボルジア(1475〜1507)

ルネサンス期イタリアに現れた、冷酷無比にして魅力的な権力者。彼は法王の私生児でした。
知性、戦略、美貌、カリスマ——
法王の権力を盾に全てを掌握した瞬間、彼の運命はあまりにも急激に転落していきます。
その姿はまるで、頂点に達した瞬間から崩れ始める彫像のよう。
完全であるがゆえに、長くは続かない。
ボルジアの人生は、まさに“完成と崩壊が同時に存在する美”でした。
・滅びを自ら選んだ男-------土方歳三

時代が終わるとわかっていながら、なお戦い続けた男。
新選組副長として、最後まで旧幕府に殉じ、箱館で散ったその姿は、
まさに日本的な「滅びの美」を体現しています。
生き延びる道がなかったわけではない。
それでも彼は、あえて滅びる側に身を置いた。
その選択にこそ、燦然と輝く美がある。
★『オタクの迷宮』そして、これから
このブログは、ヲタクが自分のアンテナに引っかかったもの、本当に心が動いたものだけを置いている小さな図書館のようなもの。
その偏愛の覚書を読んで、少しでも感じて、考えて頂ければ幸いです。
これからも『オタクの迷宮』は
映画を観て、舞台に心を震わせ、
誰かの演技に魂を揺さぶられながら、
その中にある「滅んでゆく前の、一瞬の輝き」を探し続けていくのだと思います。
今日もどこかで、
滅びゆくものの中にある美を探して、
ヲタクは迷走中😅