オタクの迷宮

映画・ドラマ・舞台レビュー、ケルト文化、滅びの美学、推し活のつれづれまで── 観て、感じて、考える。 "好きなモノ・人"についてしか語らない偏愛のブログ。そして今日もどこかで、ヲタクが迷走中。

女王という“無”——NTLive『ザ・オーディエンス』が描く統治の本質

 横浜線鴨居駅近くのシネコン「TOHOシネマズららぽーと横浜」にて、NTLive(ナショナル・シアター・ライブ)『ザ・オーディエンス』鑑賞。

 

 故エリザベス2世が60年間、毎週火曜の夜、当時の首相と欠かさず行った秘密の謁見(オーディエンス)。エリザベス2世が謁見を行った歴代首相の数はなんと、12名にも及びました。伝説の女王・エリザベス2世を演じるのは、2006年の英国映画『クィーン』(原題: The Queen⋯1997年ダイアナ元妃の交通事故死の後、イギリス王室が直面した危機を描いた作品)でも同女王を演じ、カンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いたヘレン・ミレン。ビジュアルから話し方、発声法、立ち振舞-------まるでエリザベス2世が憑依したかのような演技を見せています。

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 本作には、チャーチルからブレアまで歴代首相が次々と登場しますが(但し順番は前後し、登場が一瞬だけの首相も 笑)、トップバッターは保守党のメージャー首相(在任期間:1990〜1997 )。

 

 ジョン・メージャー(演/ポール・リッター)、実はサッチャー退任後の党首選では全く注目されておらず、マスコミも取り上げていませんでした。首相の在任期間も7年と長く、英国のEU加盟やマーストリヒト条約の締結等、それなりの功があった人なのに、サッチャー首相の強烈なインパクトの陰に霞んでしまい、「地味、退屈、頼りない、灰色」といったイメージで語られることが多い気の毒な人です(笑)

 

『ザ・オーディエンス』における登場場面は、彼が率いる保守党が、ちょうどトニー・ブレアの労働党に大敗を喫し、退任に追い込まれる直前の時期みたいで、「普通の人間の生活が良かった❗️」とグチるメージャー首相に、「あらあなた、普通の人じゃない時なんてあったかしら?」と、エリザベス女王は強烈なカウンターパンチ😅

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※首相のグチを聞くのも女王の役目❓️😅

 

 閣僚のスキャンダルや政党支持率の低下、クワンゴ(非政府機関)の腐敗等々、またもやグチグチ言い始めるメージャー首相に、エリザベス女王は「新聞記事なんか読むからよ。私は新聞なんて読まないわ。落ち込むから」とピシャリ(笑)「僕だって新聞なんか読みたくないんですが、そこにあるとつい手が伸びて⋯」と肩を落とすメージャー首相に客席は笑いの渦。いつの時代もマスコミは権力者の敵に映るようです😅

 

-------とまあこんなふうに、エリザベス2世と歴代首相の、英国流ユーモアとウィット満載のやり取りは楽しく面白く、アハハオホホと笑い転げているうちに、2時間半があっという間。

 

 かと思えば一方で、かのウィンストン・チャーチルに、「私の時だけ、即位から戴冠式までなぜ16ヶ月も引き延ばすの❓️あなたの政治生命の延命のため❓️戴冠式が終わるまではあなたは無事ですものね」と突っ込んだり(第2次内閣当時のチャーチルは老齢のため、保守党内でも早期退任を望む声が多かった)、スエズ危機の際、閣議議事録を読み込んだ末、ナセル大統領をファシスト呼ばわりしてエジプトに侵攻するという英・仏・イスラエルの密約疑惑を当時の首相アンソニー・イーデンに質す場面など、鋭い洞察力を持つ怜悧な君主の一面を覗かせて秀逸❗️

 

 その他にも、南アのアパルトヘイト問題で、英連邦の盟主としてアフリカ諸国を守ろうとする女王と、深刻な危機にある英国経済を何とか立て直そうとするサッチャー首相(ヘイドン・グウィン)との鋭い舌戦、反対に、王室に懐疑的な労働党の党首でありながら、最も女王に愛された首相と謳われたウィルソン首相との心温まるやりとりなど、名場面満載の舞台です。

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※お互い英国のことを思うが故に、激しく対立する女王とマーガレット・サッチャー首相ですが⋯。

 

この物語を、現代の国際情勢に重ねて語る人もいるでしょう。しかし——

ここは「オタクの迷宮」なので、そっち方面には行きません(笑)

 

 在位60年。

 激動の時代を経て様々な辛苦を乗り越え、晩年を迎えた女王が、「女王って、笑ってテープカットして、何でも周囲の言うことを聞く存在ね。-----それとも生きてる郵便切手かしら」と自嘲的に呟きながらも、

常に人に見られる存在であり続けるためには、自分を"無"にしなければならない。

 

王室が今まで存在し続けているのは、それを受け入れ、支えてくれる首相たちの存在があったから。それが立憲民主制の素晴らしさなのだ。

 

-------と、歴代首相に感謝と敬意を伝える感動のラストには、思わず胸が熱くなる筈。

 

★今日の小ネタ⋯あの日のエリザベス2世

 思い起こせば遥か昔……。エリザベス2世殿下がご来日の折、当時英文科の学生だったヲタクは、大学の裏門の前で教授やクラスメイトたちと一緒に、赤坂迎賓館へ車でパレードされた殿下をお迎えしました。

 

 その時はちょうど英文学の講義の日。シェイクスピアの専門家であるM教授はオックスフォード大学卒業の英文学者であると同時にカトリックの司祭であり、当時既に来日20年を迎えていました。軍隊式の厳しい布教で知られるイエズス会士ですから、もちろん生涯独身。大学内の古く狭い教授館に一人暮らしをされていました。M教授は授業が始まるなり、「授業中申し訳ありませんが、もうすぐ我が英国のエリザベス女王が大学の裏をパレードで通られます。君たち、一緒にお迎えしてもらえませんか?」と、いつも通りの穏やかなQueen’s Englishで仰ったのです。私たち学生は歓声を上げていそいそと教授の後に従いました。

 

 女王様が通られたのはほんの一瞬。それでも、車窓を下げてにこやかに手を振るそのお姿は、やはり常人とは全く違う、高貴なオーラに輝いて、それはそれは眩しいほどでありました。学生たちに囲まれて頭一つ抜けた長身のM教授は、まるで学生に戻ったかのように、一生懸命日の丸とユニオンジャックを振っておられました。その瞳に光るものを見た気がしたのはヲタクだけだったのでしょうか❓神にその全てを捧げ、故郷を離れ一人東洋の異国に来て20年、教授の胸に去来していたものは一体何だったのだろうか…。既に鬼籍に入られた教授に確かめるすべはありませんが。

 

 今日『ザ・オーディエンス』を鑑賞したヲタク。エリザベス2世の、異なる階級、異なる思想理念を持っている人でも全て受け入れ、大海のように呑み込んでいく器の大きさ、ノブレスオブリージュと向き合うその姿を目の当たりにして、あの日のM教授の涙の意味が、ちょっぴり理解できたような気がしたのでした。