オタクの迷宮

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歴史上のイケメン列伝10『英語を知る者だけが、日本語を守れた──白洲次郎の矜持』

 今日も「歴史上のイケメン」シリーズ、ご紹介するのは、"日本語をアメリカの圧力から守り抜いた男"白州次郎のご紹介です。

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 戦後80年。皆さんは戦後GHQによって、日本の公用語が英語になる恐れがあった-----という説があることをご存知でしょうか❓️

 

 1945年、第二次世界大戦が終結し、敗戦国になった日本。1951年、日本が主権を回復するサンフランシスコ講和会議の直前、外務省が用意した吉田茂首相の受託演説原稿はすべて英語で書かれていました。これを見た白洲次郎(当時、終戦連絡事務局の参与)は激怒します。

 

独立国になるための式典で、なぜアメリカの言葉で演説をするのか❗️

日本人なら日本語で堂々と話すべきだ❗️

 

 式典直前にもかかわらず、急遽内容を日本語に書き直させ、長さ13メートルにも及ぶ巻紙の「日本語原稿」を作らせた……という逸話が語り継がれています。 

 

 もしここで吉田茂首相が英語のまま演説していれば、「日本はアメリカの属国のままでいい」という前例を作り、その後の言語政策にも致命的な影響を与えていたと言われています。

 

 白州がこんな離れ業をやってのけたのも、※ケンブリッジ大学仕込の、ネイティブと同等の英語力があればこそ。彼の胆力と気概は、日本国憲法制定の際にも遺憾無く発揮されます。

※白州は1921年の渡英を経て、1923年にクレア・カレッジへ入学。歴史学科の聴講生として西洋中世史や人類学を学びました。のちにストラトフォード伯爵となるロビン・ビング(ロバート・セシル・ビング)と出会い、終生の親友となります。

 

 日本国憲法制定の際、GHQはわずか1週間ほどで英語の憲法草案(マッカーサー草案)を作成し、日本側にこれをのむよう迫りました。しかし、白州は

  私たちは敗戦国となったが、奴隷になったわけではない

と、日本語に翻訳すべきと一歩も引きませんでした。しかしGHQも負けてはいません。今度は英語のニュアンスをそのまま憲法に流し込もうとします。白州は激しく抵抗、「シンボル」を「象徴」と訳すなど、「日本語らしい日本語による日本国憲法」を死守したのです。彼の徹底抗戦がなければ、憲法のみならず、あらゆる公文書や法律、教育現場の言葉がそのまま英語に置き換えられていた危険性があったのでは❓️------と、ヲタクは想像しています。

 

 実は当時、GHQだけでなく日本国内の知識人(小説家の志賀直哉など)からも、「日本が戦争に負けたのは不便な日本語のせいだ。いっそ世界で最も美しいフランス語(または英語)を公用語にしよう」などという極端な議論が真面目に提唱されていました。


 国内外から日本語絶滅の危機が迫っていた戦後の日本。白洲次郎が「英語に誰よりも堪能でありながら、誰よりも日本語と日本の誇りを大切にした」からこそ、日本の言葉と文化の土台が守られたのです。

 

 白州次郎のこれらの逸話を聞くたび、ヲタクはある恩師の言葉を思い出すのです。

 

★渡部昇一先生を偲ぶ

 ---------実はこの白州次郎の逸話を初めて耳にしたのは、大学時代・英文科の恩師である故・渡部昇一先生からでした。

 

 世界共通の言語である英語はあくまでも"教養"として身につけるもの。英語を通じて、西洋の価値観・倫理観を学ぶべきだが、日本人が大和言葉を通じて育んできた精神をなおざりにしてはならない-----というのが先生の主張でした。英語から日本語に翻訳する時は、欧米人の世界観を日本人のそれに置き換え、最も相応しい日本語の文脈に落とし込まなくてはいけない……とも。

 

 今でも忘れられないのは

I Need You.

という一文を、英米人なら"あなたは私にとって必要な人です"の意味で口にするかもしれないが、日本語らしい文脈であれば、"あなたは私にとってかけがえのない人です"と翻訳するのが相応しい------と仰っていたこと。

 

 そんな渡部先生にとって、ネイティブ並みの英語力を持ちながら日本語をGHQの圧力から守り抜いた白州次郎は、あたかも英雄のように映っていたに違いありません。

 

 ヲタク自身も20年間、翻訳を生業にしていた時期がありますが、英語のニュアンスをそのまま日本語に落とし込むのでは意味がない、英米の世界観を日本のそれと置き換えて最も相応しい文脈とする-------という、白州次郎と渡部先生の言葉が常に座右の銘でした。

 

 ----------ヲタクが惚れるイケメンとは、顔立ちだけではありません。

 

 自分の信じるものを最後まで守り抜く覚悟を持った人。その意味で白洲次郎は、令和の今なお色褪せない"歴史上のイケメン"なのです。