みなとみらいの横浜美術館で、『マリー・アントワネットスタイル』鑑賞。比較的空いていると聞いた午後3時に来訪しましたが、若い女性で一杯。ヲタクの趣味に付き合ってくれた夫はちょっと居心地悪そう(笑)

今回の『マリー・アントワネット展』は-------
ロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館が、フランスの王妃マリー・アントワネットを再評価、その革新性をテーマに世界巡回展を企画、それが日本の、しかも我が街横浜に初上陸したもの。ドレス、ジュエリー、家具調度品、絵画や版画、写真など、約200点で構成されています。

※横浜美術館
そして本展覧会開催のテーマは
あらゆる点で新しい様式(スタイル)を打ち立てた王妃の革新性と人物像に迫り、その美意識がいかに時代を超えて現代のファッションや美意識を魅了し続けているかを紐解くこと
会場を回るうち、ヲタク自身、これまで"時代の波に翻弄され、最後は断頭台の露と消えた悲劇の王妃"というアントワネットのイメージが払拭され、現代にも十分通用する自我と、革新性を持った女性だった⋯との認識を新たにしました。
果たして、マリー・アントワネットの革新性とは一体どこにあるのか❓️
ヲタクはヲタクなりに、感じたところを呟いてみたいと思います😊
★ファッションはお仕着せなんかじゃない
マリー・アントワネットの革新性とは、第一に当時のルイ王朝宮廷における様々な軛を打破し、『個人の自己表現としてのファッション』の基礎を築いたことでしょう。
それまで王妃の服装と言えば、国の威信や身分を誇示するための言わば「制服」であり、王妃個人の趣味を加味する余地などありませんでした。
しかし、彼女は専属の衣装デザイナー(モード大臣と呼ばれたローズ・ベルタン)を雇い、自分の意思で新しいトレンドを次々と創り出したのです。
ベルタンの店は、現代の「高級メゾン(ファッションハウス)」のビジネスモデルそのものでした。本展示会の第三章では、後世の綺羅星の如きデザイナーたち------シャネルやディオール、ヴァレンティノ等など------に、アントワネットが与えた影響の大きさを垣間見ることができます。

★女性の身体を「窮屈な儀礼」から解放する
展覧会第三章で登場するプチ・トリアノン(王妃の村里)。宮廷の堅苦しさから逃れ、イギリス式の野趣溢れる庭園で気の置けない友人たちと交流するのが、彼女の唯一の癒しの時間でした。
その折に彼女が好んで着用した綿モスリンの「シュミーズドレス」。当時、貴族の女性が着用していた、コルセット(マリー・アントワネットの場合は、コルセットよりきついボディスを着用)でガチガチに固め、巨大なパニエ(スカートを広げる枠)で横幅を広げた宮廷服とは真逆のものでした。

※マリー・アントワネットが宮廷で着用した正装ローブ・ア・ラ・フランセーズ。

※アントワネットが正装の下に着用したボディス・グラン・コール。あまりの着心地の悪さに、母親のマリア・テレジアはオーストリアから代用品を贈ろうと真剣に考えたそう。
その結果として、女性の身体を物理的な束縛から解放するような、より自然体で過ごす心地よさを提示したのです。

※高級プリントコットン"トワル・ド・ジュイ"で王妃が織らせた農村の牧歌的な風景

※プチ・トリアノンで王妃が着用したシュミーズドレスと麦藁帽子。(1783年クロンベルク、ドイツ)
王妃の趣味は当時の民衆には全く理解されず、「ボロを着るほど没落したオーストリアの姿をしたフランス」と落書きされ、アントワネットの悪評をさらに高める結果となりました。
★マリー・アントワネットから皇妃エリザベートへ
ヲタクは展覧会を鑑賞しながら、2022年に公開された映画『エリザベート1878』に描かれた、オーストリア・ハンガリー帝国の皇妃エリザベート(当時40歳⋯演・ヴィッキー・クリープス)の、1878年のあるエピソードを思い出していました。
美しく着飾り、人民の敬愛の象徴たれと周囲から絶えず強要される彼女は、精一杯それに答えようと、若い日の華奢なスタイルを維持する為に(ウェスト50センチ❗️)、来る日も来る日も数枚のスライスオレンジとコンソメスープだけで過ごします。コルセットを締めると息ができないため、バスタブの中で息を止める練習までして、すんでのところで溺れそうに⋯😢
そしてある日、鏡に向かって彼女は呟きます。

※映画『エリザベート1878』(2022年)の1シーン
一体何のために私は、これほどまでに自分を追い詰めているのだろう❓️
⋯と。
自我に目覚めたその日をきっかけに、エリザベートは自由を求めて、度重なる流浪の旅を続けることになります。
皇妃エリザベートが生まれる80年も前に、同じハプスブルク家の血筋を引きながら、女性を縛る様々な軛から解き放とうとした先駆者がいたとは-------❗️『マリー・アントワネットスタイル』でヲタクが感じた一番の衝撃でした。
しかしマリー・アントワネットも皇妃エリザベートも、その自我の目覚め故に、“王族に求められた役割を放棄した、あるまじき人物”として人々の誹りを受けることになるのです😢
★現代に息づくマリー・アントワネットのエスプリ
しかし、たとえマリー・アントワネットが人々に断罪され、非業の死を遂げたとしても、彼女のエスプリ、彼女の美意識は、その死の200年後、フランスを遠く離れた横浜の美術館で、目を輝かせながらアントワネットの纏った衣装の数々を見上げる女性たちの裡に、脈々と生きている。
ヲタクにとって、"目からウロコ"の新鮮な驚きを与えてくれた『マリー・アントワネットスタイル』でした😆
★コルセットこぼれ話
ヨーロッパでは14世紀頃から身体のシルエットを整えるため、主に上流階級の女性たちに盛んに利用されるようになったという説もあるコルセット。19世紀初頭には、中流階級の女性たちも使用するようになったとか。しかしその一方で、過度な締め付けによる呼吸のしづらさや身体への負担が問題視され、内臓への影響や妊娠・出産への悪影響も懸念されるようになったとか。

あの名画『風と共に去りぬ』(1939年)でも、ヒロインのスカーレット(ヴィヴィアン・リー)が乳母にコルセットを締め上げられて失神しそうになるシーンがありましたっけ。
撮影時にはヴィヴィアン・リー自身もコルセットで実際のウェストよりかなり細く締め上げていたという逸話も残っているそうで⋯。どうりであのシーン、見ているこっちまで息苦しくなるわけだ🤯
ニコール・キッドマンはインタビューの中で、ヴィヴィアン・リーのこのエピソードを"女優の鏡"として語ったことがあるそうですが⋯。ニコール自身も、映画『ムーラン・ルージュ』でコルセットを着用した細腰を披露、撮影中に彼女が肋骨を折った原因はコルセットが一因ではないか❓️との噂が立ったそう。
女優さんたちも、文字通り身を削って演技してるんだね😢

※映画『ムーラン・ルージュ』(2001年)のニコール・キッドマン

幸いにも❓️生まれてから一度もコルセットを身に着けたことのないヲタク。まあ70歳だから、近い将来、もし腰を痛めたら医療用コルセットをつけることはあるかもしれないけど(笑)
------さあ、横浜美術館の中を1時間も見て回ったから、腰も疲れた😅
夫と一緒に近くのカフェにお茶しに行こ(笑)