「109シネマズららぽーと横浜 」にて、NTL(ナショナル・シアターライブ)『西の国のプレイボーイ』鑑賞。一昨日は横浜美術館で『マリー・アントワネットスタイル』を鑑賞し、史上最も華やかなスタイルアイコンのことで頭が一杯だったヲタクですが、今日は18世紀のフランスから、20世紀初頭のアイルランドまでひとっ飛び(笑)

『西の国のプレイボーイ』、原作はアイルランドの劇作家・詩人・小説家・民族文化研究家のジョン・ミリントン・シング(1871〜1909)。アイルランド文学復興運動の担い手であり、アベイ座(アイルランド国立劇場)設立者の一人でもありました。
実はヲタク、大学の卒業論文シングの戯曲がテーマだったんです。彼の幻想的な短編戯曲『海に騎りゆく者たち』(夫、舅、そして4人の息子たちを次々と荒海に奪われた老女モーリヤの悲劇を描いたもの)を読んで強い衝撃を受け、"黄昏の民族"と呼ばれるケルトの末裔たるアイルランド人、英国との複雑な歴史、ドルイド教の輪廻転生思想に夢中になりました。まさに「アイルランド文学復興運動」では、近代化から取り残されたアイルランド西部の海岸地方とアラン諸島は、「神話とピュアな精神が宿る」聖地と見なされていたのです。
10年後、夫の仕事の関係でヨーロッパに移住、念願叶ってアイルランド西海岸を訪れた時には、モハーの断崖を眺めながらその雄大さと美しさに感動の涙を流したものです😭

※※アイルランド西海岸、クレア県にある「モハーの断崖」〜ヨーロッパの西の果て。
『海に騎りゆく者たち(Riders to the Sea )』や『哀しみのディアドラ(Deirdre of the Sorrows)』で、アイルランドの自然やケルトの神話伝説を美しく物語化したシングですが、彼にはもう1つ、全く別の貌がありました。--------それは、ヲタクみたいな、"ケルトの夢"、"滅びの美学"に心酔する人々に向かって、ニヤニヤ笑いながら
君たち、アイルランド西部の辺境地にずいぶんとロマンチックな夢を見てるんだねぇ。
現実はそんなもんじゃないんだぜ。
--------と言っているかのような、その夢の舞台装置を蹴っ飛ばす皮肉屋の貌。今回鑑賞した『西の国のプレイボーイ』は、そんな"ダークなシング❓️笑"の真骨頂と言われています。
★ざっくり、あらすじ
アイルランド西部の片田舎にあるパブ。夜になれば右も左も真っ暗闇。心細さを感じながら店番をするペギーン(ニコラ・コクラン)。そこに、泥だらけの若者クリスティ・マホン(エナ・ハードウィック)が逃げ込んできて、「自分は父親を殺してきた」と、衝撃の告白をします。
驚くペギーンですが、真っ逆さまに鍬を打ち下ろして父親の身体を真っ二つにした…というクリスティの恐ろしい話に、なぜか震えるような歓びと昏い欲望を覚えるのでした。そして翌朝、村の娘たちも噂を聞きつけ、"父親殺しの色男"を一目見ようと、ペギーンの居酒屋に押し寄せてきます。そして-----。

※すっかり村の人気者になったクリスティ。居酒屋の娘ペギーンからも言い寄られ…。
『西の国のプレイボーイ』は、1907年1月にダブリンのアビー劇場で初演が行われた際、"アイルランドの女性の貞淑さやモラルが汚された"、"アイルランド人が、殺人者を容認するような非道徳的な描かれ方をされている"として、観客の間で激しい抗議や暴動が起きた曰く付きの作品です。

荒涼とした、凄まじい風景が続くアイルランドの西海岸。あるのは貧困とあてのない未来。夢を見ることも許されない。そんな中、クリスティの語る父親殺しの"物語"にダークヒーローを夢見てうっとりするペギーンに、夢見がちな"オタクあるある"を見て、思わず赤面…😅またクリスティがハイバーノ・イングリッシュ(独特のリズムや比喩に満ちた、文学的・抒情的なセリフ回しが特徴のアイルランド英語)で、彼女を口説くのが上手いんですよ(笑)
で、クリスティにメロメロだった筈のペギーンが、実際にクリスティが暴力を振るうところをひとたび眼にすると、はたと現実に立ち返り、「ちょ、ちょっと❗️この人かばったら私たちが犯罪人になっちゃうのよ。早く警察に連れてって」って叫ぶ場面に思わず苦笑い(笑)"アイルランド女性の貞淑さが汚された"って、目くじらたてるような内容じゃない気がするけど。むしろ現実的でマトモな女性だわ😅
一方、父親から"ダメ息子"の烙印を押されているクリスティですが、自らが語る"物語"の主役となり、ペギーンはじめ村の女性にチヤホヤされることで、どんどんモノホンのイケメン化していきます。
------やっぱり、男の子は褒めて育てなきゃね❗️
(……ち、違う⁉️)
ただね、クリスティは劇中、封建的な父親に対して何度か暴力を振るうことで主権を握っていくんですよね。当時、英国による植民地的支配や貧困、宗教問題に悩まされ続けていたアイルランド。もし、シングがクリスティの父親=英国として描いたのだと仮定すれば、9年後に1916年のイースター蜂起、そして1919年に始まる独立戦争が目前に迫っていたわけで。
その不穏な気配を、芸術家特有の鋭い肌感覚でシングが感じ取っていたとしたら-------。
ちょっと背筋が寒くなる思いでした。(シング自身は『西の国のプレイボーイ』初演2年後の1909年に亡くなっています😭)
見始める前は、厳しい現実を私たち突きつける皮肉なダークコメディかと思いましたが、豈はからんや、人々が辛い現実を乗り越えていくための"物語"の重要性を改めて認識させてくれた『西の国のプレイボーイ』。
卒論制作から半世紀。
再び巡り合った『西の国のプレイボーイ』のジョン・ミリントン・シングはヲタクにとって、やはり『海に騎りゆく者たち』同様、過酷な現実に喘ぐアイルランドの人々に優しい目を向ける国民的な作家でした😆
★今日の小ネタ…日本のウナギ、英国のウナギ

今日のランチはららぽーと横浜のフードコートで世田谷のうなぎの名店「宮川」のうな重を食べました。今年の丑の日は故あってうなぎを食べ損なったので夫と2人、遅く来た「丑の日」です😅「宮川」のうなぎの最大の特徴は、甘さを極力抑えた関東風のタレ。スッキリした上品な味がめっちゃヲタク好み😍
---------そう言えば、かつてロンドンのテムズ川ではうなぎが大量に獲れた時代があったことを思い出しました。18世紀から19世紀の産業革命期、ロンドンの肉体労働者の人口が急増した際、安価で手軽な栄養源として親しまれたそうで。一昨日鑑賞した「マリー・アントワネットスタイル」展で、王妃はフランス産の絹織物よりも、英国産の綿モスリンを好んだ…って事実を知って驚いたけど、ロンドンの綿工場の労働者たちも、うなぎを食べて頑張ったのかなぁ。
但し料理法は、うなぎをぶつ切りにしてハーブやスパイスと一緒に煮込み、冷まして自然のコラーゲンで固めた「ゼリー寄せ」。チリビネガーをドバドバかけてうなぎ特有の泥臭さを消し、小骨を吐き出しながら食べたんだそう😅
-------繊細な宮川のうなぎの味。日本に生まれて良かった…と、夫と頷き合いながら噛み締める。