オタクの迷宮

変わり者よと言われても 今日もオタクで生きてゆく

意識の流れの涯に~映画『夜、鳥たちが啼く』


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  桜木町駅前のシネコン「ブルグ13」で城定秀夫監督の『夜、鳥たちが啼く』鑑賞。土曜日のこととて、桜木町はどこを向いても人、人、人。そんな休日の賑わいの中で、薄暗い映画館の片隅、賑かさとは真逆の映画を見る。うっわ~、暗いわぁ、陰キャだわぁ、映画の主人公とどっちが?(笑)

 

  映画は、男(山田裕貴)が暮らす古ぼけた平屋(平屋の横には小さなプレハブの離れがついている)に、若い母親(松本まりか)と小学生の息子(森優理斗)が引っ越してくるシーンから始まります。男がプレハブの方に移り、親子が母屋で暮らすようです。二人はどこかよそよそしく、母親は「新しいとこが見つかったらすぐ出ていくから」と言い、男にしきりに気を遣っているのがうかがえます。二人の真の関係は、男の記憶の中にある過去の出来事が時折フラッシュバックすることで、次第に明らかになっていきます。

 

  男の名前は慎一といい、十代の頃発表した小説で新人賞を取ったものの、その後は鳴かず飛ばず。同棲していた元カノ(中村ゆりか)と職場の先輩の仲を邪推し、相手の男を殴ってケガをさせた事件をはじめとして、時折沸き起こる暴力への衝動が制御できずにいました。それを小説に著そうとしても、自分自身を冷静に分析することが今の彼には難しく、悶々とした毎日が過ぎていくのみ。一方、若い母親・裕子は夫(カトウシンスケ)の不倫の末、離婚に追い込まれた身の上で、淋しさから毎晩行きずりの男と体を重ねる日々。そんな、心の空洞をもて余す二人が、優子の息子アキラを通じて、不器用にお互いの気持ちを探り合い、二人の間で少しずつ「何か」が変わっていく過程が淡々と綴られていきます。

 

  これって文学で言えば、たとえばジェームズ・ジョイスの※「意識の流れ」を想起させます。……っていうか、ヲタクがつい先日見たばかりのNetflixチャタレイ夫人の恋人』にジョイスが出てきたから思い出しただけなんだけど(笑)

※人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、特に注釈を付けることなく記述していく文学的手法。

 

  さしたる大きな出来事もなく、主人公の想念の移ろいを映像化しようとする試みは、ヲタク的には、映像作品の進化・成熟ではないかと思っています。従来、日本ではこの種の作品はあまり人気がなかったように思うのだけれど、最近は『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)、『窓辺にて』(今泉力哉監督)、そして今回の城定秀夫監督と、40代の若い精鋭たちが、人間の心の内奥、意識の流れに光を当てた、優れた作品を作り始めたということは、未来の日本映画界にとって喜ぶべきことと、ヲタクは思います😊これがね、さらに進むと、『もう、終わりにしよう』(チャーリー・カウフマン監督)、『凱里ブルース』『ロングデイズ・ジャーニー / この夜の涯へ』(ビー・ガン監督)のような、「意識下の自己」「意識の深層」を映像化しようという、果敢なる挑戦に繋がっていくと思うのですが……。日本にもし、そういう作品が生まれるとすればそれは、先に挙げた「ご三家」のうちの誰かかもしれない……とヲタクは思っています。

 

  それにしても主役の二人、体当たりで頑張ってましたねぇ。松本まりかは、甘えちゃいけない、好きになっちゃいけないと自分に言い聞かせながら、傷ついて手負いの獣みたいになっている繊細で才能のある若い男にどんどん惹かれていって、母性にも似た愛を注ぐ女性がピッタリはまって、しかもひじょうに巧かった。山田裕貴くんは初主演ですか……ビックリ😮主役脇役チョイ役こだわらないのか、ひじょうに多作ですよね、彼。話題の作品には必ず出演しているイメージ。決して器用な役者さんではないと思うんだけど、いつかインタビューで彼を見た時の会話の中で、「僕に声かけてくれてありがとう」的な謙虚さが仄かにうかがえて、第2の西島秀俊になれる人なんじゃないかと思いました。小賢しい演技巧者などではなく、「俳優は所詮素材なんだから、好きに料理してやってくれ、どーん!」みたいな器の大きさ、自意識の無さ……みたいな。こういうタイプの役者さんが結局、長い目でみると大成するのかもしれないなぁ……。

 

 主人公の慎一の破壊衝動はもはや精神的な病と言っていいレベルだし、果たして彼がそれを文学という形で昇華し、カタルシスを得られるのか?薄幸で健気な母子は彼の救世主になれるのか?……先は見えないまま映画は終わりますが、その中にも、微かな希望の光や、互いの傷を労り合う気持ちが心地好い余韻を残す、ひと夏の物語でした。