オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、鑑賞後の感想を呟いたりしています。今はおうちで珈琲片手に映画やドラマを観る時間が至福。

イスラムの官能が揺蕩う〜映画『青いカフタンの仕立て屋』


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 KINOシネマ横浜みなとみらいにて、『青いカフタンの仕立て屋』鑑賞。

 

 舞台はモロッコの港町サレ。これは、モロッコの伝統衣装カフタンの路地裏で、小さな仕立て屋を営むある夫婦の物語です。公式サイトによれば、カフタンとは……

結婚式や宗教行事などフォーマルな席に欠かせない伝統衣装で、コードや飾りボタンなどで華やかに刺繍されたオーダーメイドの高級品だ。母から娘へと受け継がれる着物のような存在だが、安価で手早く仕上がるミシン刺繍が普及した現在、手間暇かかる手刺繍をほどこすカフタン職人は貴重な存在となっている。

…だそうです。


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※ハリムの無骨な指が、波打つカフタンをゆっくりなぞっていくシーンがセクシー。カフタンを身体の線に沿って詰めて欲しいと言う若い女性に、彼は「ゆるやかに作って、布が身体に付かず離れず纏わりつくのが美しいんだ」と、独自の美学を披露します。

 

 腕のいいカフタン職人ハリム(サーレフ・バクリ)。対人関係には不器用で、金銭感覚には疎いハリムに代わって、客との交渉や布地の仕入れを担当し、店を一手に切り盛りしているのは妻のミナ(ルブナ・アザバル)。しかし、ミナは重篤な病に冒され、既に余命僅かとの宣告を受けていました。再検査をしようと幾度となく説得する夫に、検査や治療には莫大な費用がかかるため、自分の命は神に委ねると言ってミナは譲りません。そんな時、ユーセフと名乗る青年(アイユーブ・ミシウィ)が、ハリムに弟子入りしてカフタン作りを学びたいと店で働き始めます。若く、美しいユーセフに向ける夫の視線に、心がざわめくのを感じるミナ。ハリムは実は、妻にすら言えない秘密を心の奥深くに秘めていたのでした……。


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※死期の迫った妻を看取ることに専心しようとするハリムの心を乱す存在になる美青年ユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)。

 

 イスラムの厳しい戒律が生きるモロッコで、懊悩しながら生きて来た筈のハリムが、作品のラストで妻の為に行う「ある行為」にこそ、この映画のテーマが集約されていたように思います。貧しさのため、盛大な結婚式を行うことができなかった2人。死を目前にしている妻は、「結婚式に、こんな青いカフタンを着てみたかった…」と病床で呟きます。そんなカフタンを、鼻持ちならないセレブの女性のために夜を徹して縫わなくてはならない夫。しかし、そんな人々の悩みや生きづらさには関係なく、カフタンそのものはひたすら美しい。監督のマリヤム・トゥザニは、モロッコの社会が今抱える問題や矛盾点を鋭く衝く一方で、貧しさの中でモロッコ古来の伝統技術を守ろうとする人々に暖かな眼差しを向けているように思います。


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※ルブナ・アザバルは、やせ衰えていくミナ役を演じるため、過激なダイエットの末撮影に臨んだそう。

 

 シルクビロードの波打つ布を辿る職人の指や、刺繍針の細やかな動き、公衆浴場に集う男たちの白い湯気の先に汗ばむ褐色の肌、禁じられた恋人たちのふと触れ合う指先……。イスラム社会の官能性が、厳しく抑圧されているからこそ、銀幕の隅から迸り出てくるような、そんな不思議な魅力のある映画といえるでしょう。


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※モロッコをはじめとして中東諸国に見られる大衆浴場ハマム。浴槽はなく、サウナのような施設。

 

★今日のオマケ

ルフィサ(平たいパンの上に鶏肉と玉ねぎの煮込みを載せた料理。モロッコではお祝の日に食べる特別なご馳走だそうです)や、卵入りタジン鍋、※市場で売られている新鮮なタンジェリン、カフェで飲むミントティーなど、随所にモロッコならではの食文化の紹介が織り込まれていて、エキゾティックな魅力も満載❤

※ミナが市場でタンジェリンを1キロ買って、「食べて美味しかったら代金は明日払うね」ってお店のおじさんに言うシーンがあって…。モロッコって、まだそんな人情が残っている国なんですね。