オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

巨星墜つ〜『ふたりのマエストロ』と小澤征爾


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U-NEXTで『ふたりのマエストロ』(2023年)鑑賞。

 

 オープニング、ヴィクトワール賞を受賞した主人公のドニ(イヴァン・アタル)がスピーチをしますが、その話し出しが……。

 「才能のない芸術家を慰めるために賞がある」とある作家は言った。だから僕は野次のほうがいい。オザワもスカラ座でブーイングを浴びた。スカラ座で野次を浴びれば、偉大な指揮者になれる。

まさか冒頭から、主人公が「世界のオザワ」の名を出してくれるとは…。昨日小澤征爾氏の訃報に接したばかりだったので、その偶然に驚いてしまいました。そして、スピーチ全体に漂う粋なエスプリ!皮肉なユーモアに満ちた英国ふうスピーチも好きだけど、フランスのそれは余裕ある大人だけが語れるセリフ。残念ながら日本の映画ではなかなかお目にかかったことがない。

 

 ……とまあ、こんなお洒落な始まりで観る者をたちまちのうちに魅了してしまうこの作品は、パリのクラシック界で活躍する指揮者の親子2人……輝かしい経歴を持つ父フランソワ(ピエール・アルディティ)と、今や人気・実力共に父を凌ぐ勢いの息子ドニ(イヴァン・アタル)が、ある事件をきっかけに人生の機微を知り、自分自身の過去・現在・未来、そして互いの存在を見つめ直すまでを軽妙なタッチで描いたもの。

 

 権威あるヴィクトワール賞を受賞したものの、心のどこかで受賞式に姿を現さない父にこだわる息子と、彼に自らのキャリアを脅かされるような気がして息子の成長を喜べない父親。2人の間には、気まずさと緊張感が漂っているよう。……そんなある日、フランソワへ一本の電話がかかってきます。それは、音楽監督としてミラノ・スカラ座音楽監督に就任して欲しいとの依頼でした。長年夢に見たスカラ座音楽監督就任に、喜び一杯のフランソワ。年齢的に、彼にとって最後のチャンスであることは明らかです。しかし、そんな父の姿を見つめるドニの心情はなんとも複雑、悔しさを隠し切れません。ところが翌日、事態は一変。なんと今度はドニに、スカラ座の総裁から呼び出しがかかったのです。そこで初めて、実は父への依頼は同じ姓だったがゆえの間違いで、ミラノ座の音楽監督に抜擢されたのは、息子のドニのほうだったことが明らかになります。さあ大変。ドニは、父に真実を伝え、自らの人生と向き合わなくてはいけなくなり……。

 

 この映画の主人公は息子のドニで、「権威ある父を超えるために、自身の中にある臆病さとどう向き合うか」という永遠のテーマが描かれるわけだけど、ヲタク自身はもう年寄りの部類なんでドニよりも、自分自身年老いてきたのを無意識に感じるながらもそれを認めたくない、まだまだ若造に負けない……って肩ひじ張ってしまう父親のフランソワのほうに感情移入しちゃいました(^.^; 真実を知った時のフランソワの表情がさぁ…(涙)奥さんをタクシーに乗せて、夜のセーヌ川のほとりを歩いて行くシーン、切ないよね。

 

 お互い反目し合っているように見えて、曲の解釈では共通点が多々あること(フランソワは『第9』を溌剌と踊るように、と言い、ドニは『ラウダーテ・ドミヌム』を豊穣と祝祭だと解釈するなど)が伏線となり、ラストの感動的で、しかも粋な「オチ」に繋がっていきます。

 

 また、この種の映画を観る楽しみは、全編を彩る名曲の数々でしょう。本作にも、ベートーヴェンの『交響曲第9』、モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5』、『フィガロの結婚』、『ラウダーテ・ドミヌム』、シューベルトの『セレナーデ』等々、クラシックの珠玉の作品群が登場します。特にフランスの音楽映画には、※趣向を凝らしたサプライズが潜んでいることが多いのですが、今回ヲタクにとって1番のサプライズは、最初にお話した通り、先日逝去された日本の誇る大指揮者、小澤征爾氏の話題が出たこと。さらにさらに、スカラ座でジュリオ・カッチーニの『アヴェ・マリア』を指揮する小澤氏の映像をドニが眺める場面まで登場します。

※昨年(2023年)公開された『テノール!人生はハーモニー』で、フランス屈指のテノール歌手、ロベルト・アラーニャが突如本人役で登場したシーンなど。

 

 気さくで、型にはまらない自由奔放な指揮スタイルで世界に進出する日本人の先駆者とも言うべき小澤征爾さん。ご逝去は、まさに「巨星墜つ」。心よりご冥福をお祈りします。

 

★今日の小ネタ…小澤征爾氏、スカラ座でのブーイング

 ドニが冒頭で言及したのは、パヴァロッティと組んだ「トスカ」の時のエピソードです。小澤氏は後年、自身で述懐しておられます。

  

パヴァロッティと仲が良かったものだから、彼に誘われてミラノに行ったんです。(ブーイングを受けた時には)パヴァロッティが僕を慰めてくれたんです。セイジ、ここでブーイングをされれば一流のしるしだぞって。何日かしたらブーイングが消えた。少しずつ小さくなって、ある日ぱたりと消えました。

 

おススメ度★★★☆☆…原題は『MAESTRO(S)』。フランス映画らしいエスプリが効いてます。邦題は『ふたりのマエストロ』で、なんというか……まんまですね(笑)