Netflixで『伯爵 El Conde』視聴。昨年、ヲタクのブログでも「ベネチア国際映画祭の注目作品」としてご紹介しましたね。
実はヲタク、吸血鬼映画に目がありません。何せ昨年、当ブログでも「オタクおススメ!〜ドラキュラ(吸血鬼)映画&ドラマ5選」なんて記事を書いてるくらいですから(笑)思えばヲタクが吸血鬼に目覚めた?のは、小学校3年生くらいに見たアメリカのTV番組「ショック!」でした。「ショック!(原題)Shock Theater 」は1930年~40年代にユニバーサル映画が制作したホラー映画の数々をTV用に再編集した1時間番組で、ボリス・カーロフの『フランケンシュタイン』をはじめ、ベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』、ロン・チャニー・Jrの『狼男』や『ミイラの墓場』が次々と放映されましたが、特にヲタクがハマったのがベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』で、それ以降ン十年、あってあらゆるドラキュラモノを見てきましたが、その長い歴史の中でも、今回Netflixで配信開始となったチリの鬼才パブロ・ラライン監督の『伯爵』は、その視点の斬新さ、シュールさ加減から言ってピカ一でしょう(断言)。
※この映画で、吸血鬼はコウモリのように飛翔します。
なんてったって、あのチリの悪名高き独裁者アウグスト・ピノチェトが吸血鬼だった……って設定自体ぶっ飛んでるよね(^.^; 陸軍軍人だった彼は、チリ史上初めて自由投票により樹立されたサルバドール・アジェンデ政権を軍事クーデターで転覆させ、チリ全土に即刻戒厳令を敷き、人民連合系の市民2700名をサンティアゴ・スタジアムに集めて容赦なく虐殺、以来20年近くに渡って独裁者として君臨しました。しかし今作では世間から忘れ去られ、老妻と執事と3人で過去の栄光に縋りながら鬱々と日々を送る、足腰もおぼつかない哀れな老人(ハイメ・バデル)として登場します。毎年大統領官邸を訪れ、自分の胸像がいまだ飾られていないことに悶々とする老醜極まりない末路。そんな自らの人生に絶望した彼は、吸血鬼として人間の血を啜らなければ死に至ると知り、緩慢な自死を遂げようとしていました。ところがそんな彼に膨大な隠し財産があると睨んだ子どもたちや、キリスト教会から彼の財産目録を隠密に調査するよう命じられた修道女カルメン(パウラ・ルフジンガー)が彼の元に押しかけてきたことから、彼の自死願望は次第に崩れていき、生への欲望が復活してきます。さらに彼はカルメンとの老いらくの恋に溺れ、壮大なるドロドロ愛憎劇が幕を開けるのでしたが……。
修道女カルメンが自分を会計士と偽り、ピノチェトや子どもたちと面談を行って、ピノチェトの過去の悪行を暴いていく過程がめっちゃエグいっす。そもそもピノチェトは社会主義者を殺したことについては何の恥じることはないと思っていて、公金をせしめた泥棒などと言われるのは侮辱だ、国際司法裁判所など潰すべきだと、独裁者あるあるのセリフを吐きまくるので、冒頭から見ているこっちはイラッとします(笑)。
妻の運営する慈善団体CEMA(母親センター)に兵器を売って得た利益を横流しするわ、国営企業を軍に売却してその利益を125に上る海外の隠し口座に入れるわ、あるいはダーウィン「種の起源」原本やナポレオンの帽子、※1オイギンスの剣などを買いまくるわ……で、そのハチャメチャぶりに口あんぐりですが、これって史実なんでしょうか?……あまりにもひどすぎる。挙げ句の果てには息子までもが「父のやったことは※2フルヘンシオ・バティスタよりはマシだ!」などと言い出す始末。何をか言わんや…。
※1 ベルナルド・オイギンス…スペインからの独立戦争を主導したチリの英雄
※吸血鬼退治の為にピノチェト邸に送り込まれたエクソシスト、カルメン(パウラ・ルフジンガー)。彼女の色香に文字通り血迷ったピノチェトは、血を啜って若返ろうと必死になります。ラライン監督は、カルメンの篤い信仰心をかなり皮肉を込めて描いていますが、ひょっとして監督、キリスト教会がお嫌い?(^.^;
……と、こんなふうに説明してくると、まるで政治・歴史風刺のブラックコメディみたいに聞こえるでしょうが、一方でメインのストーリーとその耽美的な映像は、優れた吸血鬼映画の王道をしっかり踏まえているのが今作品の秀逸な点。特に、ヴィヴァルディのニ短調チェロ・コンチェルトやヴェルディの聖処女マリアへの讃歌などクラシック音楽が鳴り響く中、展開されるモノクロの映像美は特筆すべきもので、アンドレイ・タルコフスキーやタル・ベーラの一連の作品にけっして引けをとらない作品だとヲタクは考えます。以前吸血鬼をテーマにした記事でも書きましたけど、吸血鬼をはじめとするホラー映画はモノクロが最高!……だって、ホラー映画って流血シーンがけっこうあるでしょ?カラーだと血糊がね、ウソ臭いんですよ。モノクロだと怖くてゾクゾクしませんか?あのヒッチコックの『サイコ』の有名なシャワーシーン、あれがモノクロじゃなかったら、あれだけゾッとするような怖さは生まれなかったと思う。
ヲタク的に最も気になった登場人物は、主役のピノチェトより、彼に噛まれて数百年間共に生きてきたロシア人の執事。彼はチリにいるロシアの共産主義者を多数虐殺、865年の刑を言い渡されたが、身代わりを刑務所に送り込んでピノチェトに仕えている設定。「拷問をする時は「これから拷問する」と相手に予告することが大事。より拷問が効果的になる」と平然と言ってのけるヒムラーみたいなサイコパスで、この人が冗談抜きに怖かった(^.^; ピノチェトの側近の誰かが実在の人物がモデルかしら?だとしたらよけい怖いんだけど(笑)
映画の後半、歴史上超有名な政治家が重要人物として登場!そしてラスト、(えっ?そう来たか〜〜!)ってオチが待っていてビックリ。
第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最優秀脚本賞を受賞、第96回アカデミー賞では撮影賞にノミネートされた「怪作」です。
★おススメ度……★★★★☆
政治、歴史、ホラー好きを同時に満たす作品ってなかなかないよね!