オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・コンサート鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログです。

ジャック・コクトー没後60年映画祭①〜『オルフェ』(1950年)

詩人、小説家、劇作家、評論家、画家、映画監督、脚本家……という多彩な貌を持ち、「芸術の神」とも言うべきジャン・コクトー (1889年7月5日 - 1963年10月11日)。今年(2023年)は彼の没後60年とのことで、全国各地で「ジャン・コクトー没後60年映画祭」と銘打ち、『オルフェ』(1950)、『美女と野獣』(1946)、※『ブローニュの森の貴婦人たち』(1944)、『詩人の血』(1932)の4作品が上映、または上映予定となっております。我が街横浜の上映劇場はミニシアター「ジャックアンドベティ」。3月18日(土)〜3月31日(金)の日程で繰り返し上映予定です。…というわけで、今日はその4作品の中から、一番新しい作品である『オルフェ』をご紹介しましょう。

※この作品だけがちょっと異質で、監督はロベール・ブレッソン(『バルタザールどこへ行く』『田舎司祭の日記』『少女ムシェット』)。コクトーは脚本を担当。


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 コクトーは芸術家として実に多彩な才能を持った人でしたが、彼自身はあくまでも、「自分は詩人である」という意識を持っていたようです。それを裏付けるように、本編の主人公は彼の分身のような詩人オルフェ(ジャン・マレー)。ギリシャの美神のようなジャン・マレーは、長年にわたりコクトーと愛人関係にあり、同棲相手でもありました。自分の愛人に自分自身を演じさせる…しかも映画の中で。……なんだか……凄いな(笑)

 

 ストーリーはギリシャ神話の※オルフェウス伝説が元になっていますが、この映画では、死神がオルフェの魅力の虜となり、冥府の禁を破って彼の妻を故意に事故死させ、オルフェを我がものにしようと計る…というストーリーに変更されています。

オルフェウスは竪琴の名手で吟遊詩人。妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだ時、彼は妻を諦めきれず、彼女をこの世に取り戻すために冥府に入った。彼の弾く竪琴の美しい音色に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスも幻惑され、彼は難なく冥府に入ることができた。

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ヴァカンスで寛ぐコクトージャン・マレージャン・マレーはフランス映画史を代表する美男で、よく「1940年代はジャン・マレー、1950年代はジェラール・フィリップ、1960年代はアラン・ドロン」って言われます。


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※マリア・カザレス(『ブローニュの森の貴婦人たち』『天井桟敷の人々』)。作家のアルベール・カミュ(『異邦人』『ペスト』)と長らく愛人関係にあり、カミュの死後二人の往復書簡集が出版されました。

 

 何せ死神役のマリア・カザレスが、いかにも血が通ってなさそうな氷の美貌の持ち主で、圧倒的オーラを放っているのですが、そんな彼女が詩人のオルフェに地獄の掟まで破って入れあげる……という設定が、コクトー自身の詩人としての矜持とナルシズムを表しているような気がするのはヲタクだけ?…映画の中で、オルフェは現世と冥界の境目である鏡を通り抜け(通り抜ける瞬間に、硬質な鏡がさざ波に変化する)、2つの世界を行き来できる唯一の、絶対的な存在として描かれています。この「鏡面から異世界に紛れ込む」シーン、『ストーリー・オブ・フィルム〜111の映画旅行』の中でマーク・カズンズ監督が、『ホーリー・モーターズ』(レオ・カラックス監督)や、『アンダー・ザ・スキン~種の補食』(スカヨハがド・セクシーなエイリアンを演じたアレです)に大きな影響を与えている……と指摘してましたね。現世から冥府に移動する時、手術で使うような手袋をはめたり、冥府からの通信手段がラヂオだったり、死神の死者がオートバイに乗ってビートニクな雰囲気を醸し出していたり……と、ギリシャ神話がモチーフにしては構成が面白いことになってました(^_^;)


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 しかし何と言っても、コクトーの作品はつまるところ「映像詩」の世界。この作品も例外ではありません。鏡はさざめく波に変化し、動くはずのない石の彫像が蠕き、冥府の硝子売りが幻影の如くゆらゆらと全てのものをすり抜け、突如として時は緩やかに動きを止めるのです。

 

 ぜひこの機会に、コクトーの目眩く異世界に紛れ込んでみませんか?