オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・コンサート鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログです。

強烈なミソジニーに打ちのめされる〜『聖地には蜘蛛が巣を張る』


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 KINOシネマ横浜みなとみらいにて、『聖地には蜘蛛が巣を張る』鑑賞。

 

 むむむ……なんだろうこの後味の悪さ。観終わった後、抑えても抑えても心に沸き起こるどす黒い怒りと絶望。この映画に描かれた、イランの社会に厳然と存在する強烈なミソジニーに打ちのめされます。

 

 世界遺産の1つで、輝く※イマーム・レザー聖廟で名高いイランの観光都市マシュハド。そんな「聖なる都」で、娼婦だけを狙った連続殺人が立て続けに起こります。その事件を追って、テヘランからマシュハド入りしたジャーナリストのラヒミ(ザーラ・ラヒーム・エブラヒミ)。彼女は職業を持つ女性に対する激しい差別と闘いながら事件の真相に迫りますが、それを嘲笑うかのように犯人は、16人もの娼婦を毒牙にかけます。(被害者の女性の首を締め上げながら、「イマーム・レザーよ、神よ、私に力をお与え下さい」と呟く犯人の狂気の沙汰…)ラヒミは同僚の協力を得て、娼婦を装い、自ら囮となって街角に立ちますが……。

※818年アッバース朝カリフ,マームーンに毒殺されたといわれるイマーム・レザーは,マシュハド(殉教地の意)に葬られ,聖廟を中心に宗教都市マシュハドが発展した。イラン国内における最大の聖地で,聖廟への巡礼は重視されている。(コトバンクより引用)

 

 所謂「フーダニット」のミステリーではなく、実際にイランの聖地で起きた猟奇殺人を基にしたストーリーなので、ごく早い段階から犯人は割れてしまいますし、謎解きの面白さはほとんどありませんから、ミステリーやサスペンスの面白さを期待して観るとイタイ目に遭います(笑)

 
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※命を賭けて真犯人逮捕に奔走するラヒミ。被害者たちの近親者はその関係性を恥じて真実を話さず、捜査は難航します。

 

 この映画が本当に描きたかったのはおそらくラストの30分、犯人が逮捕されてから裁判、判決に至るまでの過程でしょう。まずもって犯人の妻の発言が、「夫が手にかけたのは、不潔で薬物中毒の女たち。殺されて当然の女たちです。神に代わって夫は正義の鉄槌を下しただけ」っていうんですよ❗さらに犯人サイードは、「聖なる都から不浄な取り除いた」英雄として、あろうことか世間から持て囃され、彼の無実を訴える市民の抗議運動にまで発展していきます。サイードが息子に殺害の一部始終を語って聞かせ、それを聞きながら息子が父親を尊敬の眼差しで見つめる場面、今まで観た映画の中で一二を争う気色悪さです。狂信と差別、分断……。世代に渡る負の連鎖はこうして続いていくのでしょうか……。



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イスラム世界の女性たちを様々な形で縛り、抑圧するヒジャブ

 

 主役のラヒミを演じたザーラ・ラヒームさんは当初キャスティングディレクターとして制作に関わっていたのですが、ラヒミにキャスティングされていたイラン人の若い女優さんが、ラヒミはショートカットで、しかも※ヒジャブを被らないシーンがあるとの理由で、撮影開始僅か1週間前になって突然降板してしまい、急遽彼女が演じることになったとか。フィクションの世界だというのに、女性が髪を切り、ヒジャブを被らないだけで親族挙げての大騒動になる社会っていったい……。

※イラン・イスラム革命後のイランでは7歳以上の少女に「貞節を守り、プライベートな部分を隠し、男性を誘惑しないため」ヒジャブの着用が強制されている。髪は女性の陰部同様と見なされ、髪を隠さない少女・女性は学校へ行くことも禁止されており、それどころか、鞭打ちの刑に処せられたり、刑務所に入れられ、人によっては処刑される場合もある。


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※殺人鬼サイードの不気味な狂気

 

 ザーラさんはイラン人でありながら祖国を追われ、現在はフランスで活動しているそうです。イランではヒジャブの被り方が不適切であるとして現地の道徳警察から逮捕された女性が、留置中に死亡した事件をきっかけに多くの女性が立ち上がり、大規模なデモに発展しました。2017年にアカデミー賞外国映画賞、カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した映画『セールスマン』の主演女優タラネ・アリドゥスティさんがこの事件に抗議、自らヒジャブを外した映像をSNSで流し、彼女自身もまた投獄されてしまったのも記憶に新しいところです。(カンヌ国際映画祭委員会がイラン政府に抗議、彼女はその後釈放されました)


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※タラネ・アリドゥスティさん

 

 映画の中で、犯人が凶器として使用したのが、まさに被害者の女性たちが被っていたヒジャブでした。映画の中では、尊い命を文字通り奪ったヒジャブ。しかしそのヒジャブこそ、現在のイラン女性たちの社会的な自由を奪う凶器となっているのです。

 

 私はイランから離れましたが、イランに対する嫌悪は一切ありません。

むしろ自分の経験を話して分かち合い、ミソジニーという問題を抱えている社会を変えるために何かすることが自分の責務だと思っています。

と語る、ザーラ・ラヒーム・エブラヒミさん。彼女は、犯人のサイードさえ、歪つな社会が生み出した被害者なのではないかと我々に問いかけます。

 

 日本でも、一人でも多くの人に見て欲しいと語るザーラさん。

 

あなたのメッセージはしっかり受け取りましたよ❗

 

 私は無力なタダの映画オタクで、何もだいそれたことはできないけど、こうやって拙い感想を呟いて、SNSで拡散するくらいは、できる。どうか、一人でも多くの人がこの映画を観て、世界のどこかで自由や自立を奪われて苦労している女性たちが存在することに心を寄せて欲しい。……そんな「祈り」がきっと、社会の「何か」を変えていくと信じて。

 

 監督は、イラン出身のアリ・アッバシ。前作の『ボーダー〜二つの世界』はヲタク大好きな作品でした。同作品では、世界のどこかで今も起きている社会の分断や差別を「異形の者同士のロマンス」という形でファンタジックに描いた監督ですが、今回の作品では、祖国イランの抱える諸問題に真正面から取り組んでいます。

 

 本作品は、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、エブラヒミさんが女優賞を受賞、また第95回アカデミー賞の国際長編映画賞部門にデンマーク代表として出品されました。