オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

猟奇殺人と「愛の静脈 ヴェナ・アモリス」〜Netflix『この心亡き者』


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 Netflixで台湾ミステリ『この心亡き者』鑑賞。

 

 台北警察のウー・ジエ警部補(張鈞甯 チャン・チュンニン)は、結婚目前だった恋人ヤンを亡くし、立ち直れない日々が続いていました。ヤンは鬱病で、ウーが張り込み中に彼女の車の中で拳銃自殺を遂げてしまったのです。車の天井には、その時の生々しい血痕が……。恋人を救えなかった自分を責め続け、刑事としての将来も見失ったウーはある夜、河原に止めた車の中で拳銃を取り出します。まさに引き金を引こうとしたその瞬間、異様な叫び声が。通りがかりの若者のグループが、河の中に遺棄されていた若い女性の死体を発見したのです。女性はタイからの不法就業者でした。遺体からは全て血が抜き取られ、心臓と左手の薬指が無くなっているという極めて猟奇的な事件に、新米の女性刑事(項婕如)を指導する目的で関わらざるを得なくなったウー。第1容疑者として、殺害されたタイ人女性の元恋人で、不法移民ブローカーの男性(阮經天)が浮上しますが……。


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※プロデューサーと主演を務めたチャン・チュンニン。今作ではほぼスッピンの力演。スッピンでもじゅうぶんすぎるほど美しいし、人生に疲れた風情がかえって色っぽいっすね。

 

 なぜ遺体から血液と心臓と薬指が無くなっていたのか?これが欧米のサスペンスだと、血も涙もないモンスターみたいなサイコパスが犯人だと予想がつくんですが、そうはならないところが、大乗仏教儒教の伝統がある国、台湾のミステリだな……とヲタクは思うわけです。

 

 昔むかし、血の巡りは左手の薬指から発し、(感情の根幹たる)心臓に達していると考えられていた。それは※愛の静脈(ヴェナ・アモリス)と呼ばれていたんだ。

と、遺体を検分した検死官は、婚約者のウーに語りかけます。…まあ、検死官が刑事に向かってこんなセリフを吐くなんてシーン、欧米や日本のミステリじゃ想像できないよね(笑)

※だからエンゲージリングは左手の薬指にはめるんですね。

 

 さらに彼は続けます。

最も残虐な殺人者は誰か。 

感情的に傷ついた人間だ。

 彼の言葉を頼りにウーは、愛する人を亡くし自らの命を断とうとした自分の心情と犯人のそれを重ね合わせ、これほどまでに残虐な殺人を犯すに至った犯人の心理をプロファイルしていくわけですね。これって、西欧の、精神分析的なアプローチ(自分と犯人の間に明確な一線を引く)と違って、どんなに残忍な悪人の中にも、一点の仏性(仏になるための芽、可能性)が眠っているのだ、犯人の心情に寄り添えば自ずと犯罪動機も理解できるという、台湾特有の、大乗仏教的な考え方が基本になっていると思ったのはヲタクだけ?


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※ウー警部補とバディを組む新人刑事役には、今台湾で大人気のアイドルらしい項婕如。今田美桜に似てません?これからますます人気が出そうですが、小柄で細身で、どう引っくり返っても警察学校を首席で卒業した設定には見えないのが玉にキズ(笑)

 

 愛する人と同じ方法で命を絶とうとしていたウーが、事件解決に向かって動くうちに、生きる意味を見出していく過程は感動的ですらあります。

遺体は刑事を選ぶと言う。

死んだ彼女は私の命の恩人。

選ばれたからには頑張らねば。

とウーが呟くシーン。ここらへんも少々宿命論的、大乗仏教の匂いがするな(笑)

 

 ……とは言いつつ、ご存知の通りデジタルの先端を行く現代の台湾はどこもかしこも防犯カメラだらけの監視社会。今作でも(え?こんな所にまで防犯カメラついてるんだ)ってシーンが多々ありましたね。台湾では家につけるカギの数もハンパないって言いますもんね。古来のスピリチュアルな伝統と先端性が絶妙に混在しているところが台湾という国の魅力なのかな……とも思います。

 

 映像の美しさでは有名な台湾映画ですが、今回の作品でもそれは健在。しかもひとひねり効いていて、風になびく木々の夕暮れの風景に、禍々しい監禁シーンのサブリミナル映像を入れてくるという斬新なオープニングで、観ている私たちの度肝を抜きます。

 

 スタイリッシュで前衛的な映像美と、台湾古来の湿った情緒を併せ持つ、アジアンミステリーの秀作と言えるでしょう。また、タイやインドネシア等からの不法就業者を食い物にするひと握りの台湾人の実態に正面から切り込んでいて、ミステリと言いながら、かなり社会性のある作品となっています。ヲタクは個人的にミステリって、今現在社会が内包している様々な問題を発信できる最適なツールだと思うんですよね。「社会の〇〇を摘発した問題作」とか言ってもみんな見ないけど(^.^;ミステリというエンタメに乗せればみんな見るじゃないですか。その点では北欧ミステリが先端を行っていると思いますが、台湾もさすが『牯嶺街少年殺人事件』(監督 エドワード・ヤン)や『無聲』(監督 コー・チェンニエン)を生んだ国、これから北欧に続く予感がします。

 

 この作品は本国台湾でも高い評価を得、2023年台北電影奨にて、作品、監督、脚本、主演女優、助演男優、撮影、編集、サウンドデザイン各賞にノミネートされました。

 

★おススメ度

★★★☆☆(見て損した気分にはならないかと)