オタクの迷宮

変わり者よと言われても 今日もオタクで生きてゆく

横濱のミニシアター「シネマリン」で、『叫びとささやき』(イングマール・ベルイマン)


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 横濱のミニシアター「シネマリン」で、イングマール・ベルイマン監督の『叫びとささやき』を観賞。ハマでも少々Deepな場所にある小さな映画館。特に地下にあるので、階段を下っていくと、何やら表沙汰にはできない「秘密の上映会」みたいで、さらにワクワクする(笑)建物自体は小さいし、かなり年季が入っているものの、椅子は新しく上等で、何時間座っていても疲れない豪奢な作り。お客さんへの心遣いが素晴らしい、ミニシアターの意気や良し❗


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★地下へ通じる階段の先、秘密の映画の都へようこそ❗

 

  さて、スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマン監督の『叫びとささやき』。考えたらヲタク、この映画見たのじつに40年ぶりくらいです(大汗)。ベルイマンの映画って、ニーチェぢゃないけど、「神は死んだ❗」っていう叫び声が重低音のように鳴り響いているイメージ。この映画も例外ではありません。若い頃見た時には、北欧の冷たく美しい自然だとか、調度品や装飾、貴婦人たちの衣装や優雅な物腰にうっとりしつつも、三姉妹のうちの一人の死によって引き起こされる、残された二人の姉妹のドロドロの確執がちょっと‥‥目を背けたくなる感じだった😅

 

  でもね、ヲタクも今まで人生いろいろあって酸いも甘いも噛み分けるお年頃になって再び見てみると‥‥

アラ不思議、以前は理解できなかったことが、少しはわかった❗‥‥気がするゾ(笑)

 

  三姉妹の次女アグネス(ハリエット・アンデルセン)が、闘病の末若くして亡くなったため、夫ともども急ぎ駆けつけた長女カーリン(イングリッド・チューリン)と三女のマリア(リヴ・ウルマン)。マリアは、幼少期からカーリンに拒否されているように感じ、これを機に彼女の心を開こうと試みますが、人に触れられるとパニックになる、一種の強迫性の障害を患っている(らしい)カーリンは、容易に心を開こうとはしません。‥‥そして、葬儀を目前に控えたある夜中、死んだ筈のアグネスが、ベッドの上でなんと❗息を吹き返します((( ;゚Д゚)))え❓ベルイマンってホラーも作ったの❓‥‥と思う向きもあるかもしれませんが、ベルイマンにそんなユーモアはないと思うんで(笑)あくまでもキリスト教的な「復活」のメタファかと思われます。ここが映画のいちばんのクライマックスで、「私たち姉妹は仲良しさん」と信じて亡くなったアグネスも、見ている私たちも、いぢわるベルイマンに奈落の底へ突き落とされるわけですね😅

 

「神なんぞいないのさ、愛なんて嘘っぱち、人間一皮剥けば、自己愛と欲望のカタマり」とばかりに、ラスト、

叫びもささやきもかくして沈黙に帰した。

と、私たちに追い討ちをかけ、打ちのめすベルイマン😅

 

  ‥‥でも、でもね。人から触れられるのがおぞましく、それでも夜になれば冷血な夫に体を開き、子を産まねばならない宿命を呪い、周囲を憎み続けるカーリンも、一瞬、ほんの一瞬、マリアに心を開こうとした時があったじゃない。若い頃は「めちゃくちゃヤな女」にしか見えなかったカーリン。だけど今回は、彼女の何かに飢えたような目がなんだかせつなかった。ベルイマンの、当時の女性に対する優しい眼差しもちらっと感じたゾ。

 

  たとえ一瞬であっても、(人を愛したい、愛されたい)と思うその心こそ、人は良心、そして救いと呼ぶのではないだろうか。まっ、それを受け止める側の、一見天真爛漫に見えたマリアが、じつは‥‥っていう皮肉なオチも用意はされていて、またそれがベルイマンチックではあるのだけれど‥‥。

※あっそう言えば、カーリンが妄想(‥‥だよね❓あれ、現実だったら怖すぎ)の中で、自らの秘部にガラスの破片を突き刺すシーン、気の弱い方は貧血起こすかも‥‥注意❗

 

  どうなんです❓ベルイマンさん。

 

さまざまな思いが、見ていて沸き起こった今回。

早や没後15年、その答えを確かめるべくもないけれど。