オタクの迷宮

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心身共に痛くなる~『あのこと』(フランス)


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  KINOシネマみなとみらいで、本年度ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞のフランス映画『あのこと』鑑賞。……見終わって、なんだか身体のふしぶしが痛い(緊張して身体が硬直してたのか?)、心もついでに痛い。

 

  これは大学生のアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)が一夜の出来心~『あのこと』から妊娠をし、その事実にいかに対峙し、いかなる行動を取ったのか、経過と顛末を記した物語。1963年当時のフランスで、中絶は非合法。手術をした方もされた方も罪に問われます。フランス文学を学ぶアンヌはひじょうに優秀で大学からも将来を嘱望されており、自身も将来は教師になりたいという夢を抱いていました。アンヌには青天の霹靂で、全くの「望まない妊娠」。彼女にとって選択肢は1つしかありません。しかしそれに向かって進む中で彼女は、筆舌に尽くし難い、様々に過酷な現実と向き合うことになるのです……。

 

  妊娠が判明した3週目から、4週、5週、6週……とドキュメンタリータッチで描かれていくので、私たち観客は彼女の人生を「視る」というよりむしろ、彼女の孤独や不安や焦燥感、周囲の無理解や無頓着への絶望等々を共に「体感」することとなります。予告編見た時、「目を逸らすな」って画面に出たから、目を逸らさずに全編見ましたよ、キツかったけど(笑)

 

  また、この映画を見る上で抑えておきたいのは、当時のフランスの社会状況です。元来フランスの大学は学生たちの学業に対しては極めて厳しく、入学しても卒業するのは至難の業。学生たちは講義を聞き漏らすまいと必死。試験もピリピリと異様な緊張感が漂います。せっかく大学に入ってもついていけずに、学業をあきらめて結婚し、次々と女子学生が脱落していく……そんな時代。当時の性教育の乏しさも呆れるほどで、男女共に性に対しては極めて無知。避妊もせず、あとは運を天に任せる……って感じなのです。今見ると信じられない現実です。その結果、妊娠したら大学を辞めて結婚するか、男性に逃げられたらシングルマザーで頑張るしかない。自分で何とかしようとして命を落とす若い女性も多かったと言います😢地方で小さなレストランを経営しながら必死で学費を稼ぎ、娘に夢を賭けている母親にも真実を言い出せないアンヌは、次第に追い詰められていきます。

 

  まずもって、アンヌが「自分で何とかしよう」とするシーンはもう……。この映画、心身共に調子の良い時に観て下さい😅ベルギー映画※『Girl ガール』(2018)のラストを思い出した。あの映画とどっちが痛いかな……。

第2のグザヴィエ・ドランと言われるルーカス・ドン監督の映画。カンヌ映画祭ある視点部門受賞。

 

ヲタクは個人的に、フランス映画の本質ってぶっちゃけ実存主義だと思っているんです。こうありたい、かくあるべきという理想や本質ではなく、「今ここに存在する現実」を冷徹に描写する。そういう意味でこの映画は極めてフランス映画らしいフランス映画と言えるのではないでしょうか。「ちゃんと避妊するべきだったのでは?」とか、「人道主義的に許されない」とか、はたまた「当時の社会が悪い」といった視点は無意味な気がします。1963年、一人の女子大生が望まない妊娠をして、キャリアを目指す彼女は当時違法だった中絶に突き進む。それが紛れもない、ここにある現実なのです。

 

  驚くべきは、原作者であるノーベル賞受賞作家アニー・エルノーの実体験に基づく物語であるということ。(原題は『事件』)それを文字で表した……という捨て身の勇気にまず、拍手を送りたい。そしてもちろん、それを映像化したオードレイ・ディヴァン監督や、戦うヒロインを演じた美しくてアナマリア・ヴァルトロメイ(本作の演技で、セザール賞主演女優賞)にも。

 

★おまけ

みなとみらいホールで開催されたオープニングセレモニーでは、ディヴァン監督とヴァルトロメイさんのお姿だけは拝見できたけど、映画祭での本編上映は、時間の関係で行けなかった。色々質問出たんだろうなぁ。二人の肉声を聞けなかったことだけが心残り。