オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

ベネディクト・カンバーバッチの『ハムレット』(NTシアターライブ)


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 池袋シネ・リーブルで、『ハムレット』(ナショナル・シアターライブ)鑑賞。2015年8~10月にロンドンのバービカン・シアターで上演され、オンラインチケットが発売されるや否や10万枚が即完売という超人気だった舞台。

 

 冒頭に当時のベネさまのインタビューが挿入されています。しょっぱなからベネさまらしさサクレツ(笑)膨大な独白、何通りにも解釈できる複雑怪奇な人物像、※演じる重圧から数々の名優たちをギリギリまで追い込んできたハムレットという難役……それがベネさまときたら、「ほとんど神経を病むことはない。舞台に立ったら役に没頭するだけ」「上演後めちゃくちゃお腹が減るけどね」と爽やかに言い放ち、その覚悟と自信(カッケー❗)、サスガと言うほかありませぬ。

ピーター・オトゥールは演技を酷評され、「役者として圧倒的な孤独を感じてみたいなら、ハムレットを演じるがいい」と毒づき、ダニエル・デイ・ルイスは楽日を待たずに途中降板したとか…。

 

 自己確立と自己肯定のカタマリ(もちろん、イイ意味でね😉)みたいなベネさまが、自己不確立❓と自己否定の見本みたいなハムレットを、さてどう演じるのか❓ヲタクは興味しんしんだったわけですが、どうしてどうして、さすがベネさま、ちゃんと彼独自のハムレット像を創り上げていたのでした。

 

 まずは「ハムレットの狂気」。ベネさまの解釈は、あくまでも「狂気を装っている」だけと見た。ハムレットの目的は、冒頭の父王の亡霊(カール・ジョンソン…墓掘りとの二役。なんか意味アリ❓)の言葉〜実の弟のクローディアスから毒殺され、王位も妻も奪われた〜が真実か否かを確かめることにあるわけですね。クローディアスが父を毒殺したことが明らかになってからもハムレットはすぐには復讐に走らないわけですが、彼はどうも、クローディアスを殺害して王位についても、それだけの技倆が果たして自分にあるのかと、思い悩んでいるかのように見えます。ハムレットは先王の直系長子でクローディアスは傍系、いくら王妃のガートルードを娶ったとは言え、ハムレットが反旗を翻したらそれは正当な要求であるはず(しかも、国民の総意はハムレットにあることを示唆するクローディアスの台詞もある)、しかしそれでもなおハムレットが動かないのは、王冠を戴き民を背負うことへの逡巡。時代設定はおそらく第二次世界大戦の真っ最中(……だと思う(^.^;)に置き換えているので、王=軍事的指導者たることも要求される。デンマークに攻め込んでこようとしているノルウェー軍大将フォーティンブラスの不穏な動きに対して、「名誉の為だけに命を賭けるなんて、兵士たちの死の覚悟はまだ自分にはない」と呟く場面、おそらく帝王教育も受けず気ままに我が世の春を謳歌していたハムレットが突如として政争と軍事的戦略のるつぼに放り込まれたが故の戸惑い。……そして彼が長き苦悩の果てにやっと自らの使命〜ノーブレス・オブリージュを受け入れた時、彼の死はすぐそこまで迫って来ているのです。それを悲劇と言わずして何と言おう。彼は言わば、ヘンリー5世になりそこねたハル王子(笑)。しかしハムレットの、なかなか覚悟が決まらぬビビリっぷりをベネさまはコテコテに演じるのではなく、ユーモアを交えた軽やかな演技で表現して、客席は笑いの渦。台詞のスピード感もハンパなく、最後まで観客の心を掴んで離しません。

 

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※原作でも登場人物の中で1番、的を得た哲学的なことを言う墓掘りのオジサン(カール・ジョンソン)。「え?あのイカレ王子ハムレットはイギリスに行っただと?そりゃ目立たなくていい。なぜって?イギリスは国民全員がイカレているからさ」なーんて猛毒ユーモアに客席大笑い(^.^;英国人ってオトナよね。

 

 一方、しいて難を言えば、ベネさまハムレットはエディプスコンプレックスぶりが凄すぎた(笑)母ガートルードの不実を責め立てる時のネチっこさがハンパない(^.^;……まあもともとハムレットは粘着性気質ではあるんだけど、対するガートルード(アナスタシア・ヒル)は「クローディアスによる先王(つまり元夫)殺害を全く知らなかった」設定だから、どんなにハムレットが彼女を追求しても徒労に終わるんですよ。映画『ノースマン 導かれし復讐者』(『ハムレット』の元ネタになったと言われる北欧ヴァイキングの復讐譚)のニコール・キッドマンみたいだったらその甲斐もあるんだけどね(笑)ガートルードもオフィーリア(※シャーン・ブルック)も立場をわきまえないおバカさんみたいに描かれていて、ヲタク的にはちょっと…。まっ、シェイクスピアは隠れミソジニスト(…とヲタクは勝手に思ってる。悪しからず 笑)だからしゃーないか。

※彼女の演じるオフィーリア、狂いっぷりがリアルで怖かった。この舞台後シァーンは『シャーロック』のユーラス役でベネさまと再共演を果たします。

 

 …とまあ、感想をウダウダ書いたけど(^_^;)何と言っても特筆すべきは、冒頭かなりの高さの宴席の長テーブルに助走もなくヒラリと飛ぶベネさまの驚異の身体能力ですね。また、3時間余に渡る長丁場、膨大な台詞量を機関銃のように喋りまくって息も切らさず、滑舌の良さも最後まで途切れない。そしてそして、最後のレアティーズとの決闘場面、モハメド・アリじゃありませんが、まるで「蝶のように舞い、蜂のように刺す」剣さばきの見事なこと❗……どんなリクツより、役者としての屋台骨、完璧なるストイシズムをこれでもかってくらい堂々と見せつけられると、観ている側としては「へへーっ、神さま御代官さまベネさま、参りやした」って平伏するほかないっしょ(笑)


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※ラスボス、クローディアスを演じたキアラン・ハインズが良かったなぁ。人としてはサイテーでも、政治家・軍事指導者としてはなかなかの才がある人物。ハムレットが最後まで行動を起こせないのもむべなるかな。

裏切りのサーカス』、ベネさまとキアランのツーショが大好きなヲタクとしては狂喜乱舞でございました。

 

 ベネディクト・カンバーバッチという不世出の役者の底力をまざまざと見せつけられる舞台。そしてカーテン・コール時にシリア難民の為の「Save the Children」募金を募るなど、どこまで行ってもベネさまはベネさまなんでした、ぢゃん、ぢゃん❗