※本記事は「池袋で観る最後の奇跡」シリーズの一編として再掲しています。
池袋シネ・リーブルの閉館により、
ナショナル・シアター・ライブ(NT Live)は池袋で観られる最後の機会となりました😭
本記事は、再上映されるベネディクト・カンバーバッチ怪物版『フランケンシュタイン』を、当時の鑑賞体験とともに振り返るレビューです。
シネ・リーブル池袋にて、ナショナル・シアターライブ『フランケンシュタイン』(演出/ダニー・ボイル、ベネディクト・カンバーバッチ怪物版)鑑賞。
★ざっくり、あらすじ
冷徹な科学者フランケンシュタイン(ジョニー・リー=ミラー)が試行錯誤の末にやっと完成させた人造人間(ベネディクト・カンバーバッチ)。しかしその姿があまりにも醜かった為に、フランケンシュタインは彼を無慈悲にも荒野に追放してしまいます。彼を待ち受けていたものは、差別と虐めと蔑み……。彼はその過酷な月日の中、次第に憎しみを募らせ、果ては彼の創造主たるフランケンシュタインに復讐を誓いますが……。

★ベネディクト・カンバーバッチ怪物版「人造人間の誕生」
まずは誕生後、四肢が意思に反し、てんでバラバラに動く様子、そして次第にそれが脳からの信号を受けて規則的に動作し始める……その長い長い時間を経て、ついには二本足で立ち上がるまでのベネさまの演技がもはや神🥰
上演前のインタビューで、例えば脳梗塞後リハビリに励む患者さんたちの動きを参考にした……とベネさまは語っていましたが……いやいや、そんな模倣を遥かに超えています。

※母性愛に溢れた、フランケンシュタインの妻エリザベス(『007シリーズ』のミス・マネペニー役、ナオミ・ハリス)。愛する夫が創り出した「彼」を受け入れ、友人として愛そうとしますが、その優しさがさらなる悲劇を呼ぶことに……。
★『フランケンシュタイン』悲劇の本質
自らの才に溺れ、人を愛せない冷酷なマッド・サイエンティスト・フランケンシュタイン博士が、誰よりも愛情を必要とする存在を創り出してしまったという壮大なる皮肉。
数多の苦難の果てに、自分の親たるフランケンシュタインを見つけ出した人造人間が、手負いの獣のように
<私はただ愛されたかっただけなのに❗
と咆哮する場面には、思わず涙が溢れます。

★怪物は一体誰……❗❓
観ているうちにそんな問いがヲタクの脳裏をグルグル回り始めました。自らの創造物を憎み、自らの手で破壊するために地球の最北まで彼を追い詰めるフランケンシュタインの姿は狂気を孕み、人間の暗黒の部分を見せつけられるようで、確かに恐ろしい。
★考察:愛と憎しみは表裏一体
しかしヲタクの脳裏にはふと、あるギリシャ神話のエピソードを思い出しました。
いつも怒りと憎しみに満ちた表情を自分に向けてくる女テナンを、自分は憎まれていると思って殺してしまった男ピセアダイ。神がやって来て、死んだ女の心を切り裂いてみせると、そこにはピセアダイに対する愛で溢れていた……という。愛と憎しみは表裏一体である……という寓話ですね。
ラスト、「愛ってなんなのか、ぼくには分からない」と呟くフランケンシュタイン博士。愛なき心のままに科学を究め、神に代わる大それた所業に手を染めてしまった後悔。
自らを苛む博士の絶望に、恩讐を乗り越え、「俺が教えてやろう。俺を生んだのは他ならないお前なのだから」と力強く断言する人造人間(ベネディクト・カンバーバッチ)の姿に、2人の凄惨な関係の果てにある、微かな、微かな希望を見たような気がしたのはヲタクだけ❓
★Wキャストの妙味
日によってフランケンシュタイン博士と怪物が入れ替わって演じるという、役者にとっては苛酷なWキャスト。
しかし、ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー=ミラーはその重圧を跳ね除け、英国演劇界の最高峰と呼ばれるローレンス・オリヴィエ賞主演男優賞をW受賞しました。
こーなると、ベネさまの博士役も見てみたくなったなぁ。『イミテーション・ゲーム』のアラン・チューリングや『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』のタイトルロール等、アスペルガーっぽい役はお手のもの……なベネさま、きっとハマってるはず。…もしかすると、愛に飢えた怪物役よりもね😉