オタクの迷宮

海外記事を元ネタにエンタメ情報を発信したり、映画・舞台・ライブの感想、推し活のつれづれなどを呟く気ままなブログ。

役者たちが描くリサージュ曲線〜映画『正欲』

 
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 物語のヒロインであるショッピングモールの販売員・桐生夏月(新垣結衣)は独身、実家暮らし。閉鎖的な地域社会の中で対人関係に倦む日々を過ごす彼女でしたが、そんなある日、中学時代の同級生で、ある事件がきっかけで心を通わせた佐々木佳道(磯村勇斗)が引っ越し先の横浜から地元に戻ってきたことから、彼女の単調な生活に変化が生じてきます。一方、横浜地検の検事、寺井啓喜(稲垣吾郎)は、息子が不登校状態になり、YouTubeの動画配信を始めたことから、息子を応援する妻と度々衝突するようになり、心乱れる日々。そして、ダンスサークルに所属する大学生、諸橋大也(佐藤寛太)。彼は※クランプの名手ですが、周囲の人間と関係を断ち切っており、彼自身の鬱々とした怒りの感情をダンスに吐き出しているかのように見えます。そして、同じ大学で、密かに彼を見つめる神戸八重子(東野絢香)。彼女もまた、人には言えない秘密を抱えていました。住む場所も、家庭環境も、人生の方向性も全く異なる5人。しかし、彼らの人生は思わぬ形で交錯していきます。ミステリタッチのストーリー展開の後、訪れる衝撃の結末とは……❗❓

※クランプとは、ストンプ(足を踏み鳴らす)・チェストポップ(胸を突き出す)・アームスイング(腕を振り下ろす)の3つの動きをベースとし、主として怒りや絶望など強い感情などを表現するダンスで、全身を大きく使ったパワフルな動きが特徴。

 

 まずもって、5人の演者たちが素晴らしい❗

 

 まずヒロインの新垣結衣。世話好きな職場の先輩を睨みつけて「うるさいんだよ」と毒づくなど、前半の暗い拗らせ女ぶりがリアルで、これからアイドル路線を脱皮し、本格的に役者道を歩もうというガッキーの「ホンキ度」に眼を見張る思いでしたが、ラストの、稲垣吾郎との対峙シーンはやはり凛として美しく、清冽で、さすが「理想の彼女殿堂入り」新垣結衣の面目躍如❗


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※まるで生きる為の同志のような、ソウルメイトのような、夏月(新垣結衣)と佳道(磯村勇斗)の関係。新しい愛の形。「いなくならないでね」という夏月の願いは果たして…。

 

 生まれながらの特異な性癖を憎み、自らを責め続ける夏月の同級生役、磯村勇斗。彼の演技も秀逸。ヲタク的に思い出すのは、2021年にシアターコクーンで上演された舞台『泥人魚』。それまではサウナ好きの若い俳優さんという印象しか持っていなかったヲタク(すいません (^.^;)。ところがところが、全編ほぼ出ずっぱりだというのに、声は通るしタッパはあるし、何よりも膨大なセリフ量を機関銃のように喋って、「アノ宮沢りえ」と堂々と渡り合っていて、伸び盛りの若さが眩しいくらいキラキラしてた。2年経って、さらに成長した感。その繊細な感情表現は、綺羅星の如く居並ぶ同世代の俳優たちの中でも抜きん出ていると見た。最近、出演作が引きも切らないのも納得。

 

 そしてそして稲垣吾郎ですよ❗彼って、つくづく不思議な俳優さん。以前は、「彼の個性に合った役を振りあてられているの❓ラッキーな人だな」……と思って見ていましたが、最近の作品…『半世界』、『窓辺にて』、『海辺の映画館〜キネマの玉手箱』そして今回の『正欲』等々…と、演じているのか演じていないのか、彼自身の人柄が滲み出ているのかいないのか(笑)、昨今日本映画でよく観る、やたら肩に力の入った熱演に食傷気味のヲタクとしては、彼のそんな緩さ……というかファジーさかげんがとっても心地良いのです。そう、彼はまさに「癒やし系俳優」。阪本順治大林宣彦今泉力哉など錚々たる監督たちに愛されるのもむべなるかな。しかし一方では、『十三人の刺客』(監督・三池崇史)みたいな役も演じられるんだからねぇ……。あの松平斉韶は凄かったよね。日本映画史上、一二を争うヴィランだと思いますよ、うん。今回の作品も、「社会の正義」「絶対多数」をカサにきてマイノリティを断罪し、同調圧力をかけてくるヤな奴で、言わばヴィラン的役回り…と言えなくもないんだけど、その柔らかな物ごしや温厚な語り口はそこはかとない人間味を感じさせ、だからこそラストのガッキーとの対決❓シーンも、彼女によって自らの生き方を振り返り、ハッとなるその一瞬の、何とも言えない表情が生きた❗つよぽんは天才だけど、ゴローちゃんもまぎれもなく演技の天才。今、旧ジャニーズ事務所問題で世間は大騒ぎだけど、つよぽんやゴローちゃんがTVへの活路を絶たれて、活躍の場を映画や舞台に求めたことは、かえってよかったと思う。周りには「TVに出れなくなって可哀想」とか言われているけど、当人たちはあんまり気にしてなさそう(笑)

 

 若い2人、佐藤寛太と東野絢香も、演技巧者3人の向こうを張って頑張ってた。こういう、変に手垢に塗れていない若い俳優さんたちの清新な演技を見るのは楽しいものです。キャスティングの妙と言えるでしょう。


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心を固く閉ざす大也(佐藤寛太)に、必死に想いを伝える八重子(東野絢香)。この2人の初々しいシーンに、1番泣かされたかも。

 

 複数の波型が合わさって、あの美しいリサージュ図形を形作るように、演者5人の個々の良さがさらに増幅された作品だと思います。しかしあのリサージュも、正確無比な数式があればこその産物。5者それぞれ、じつは確固たる演技の底力を持った人たちなのだ……と、しみじみ思いましたことよ。

 

 監督は『あゝ、荒野』で、菅田将暉とヤン・イクチュンから史上最高の演技を引出した岸善幸。役者さんを活かすのが上手い監督なんだなぁ…。決して声高ではないけれど、その静かなメッセージ性が観終わった後、心にジワジワと染みてくる佳作。また、「水」の美しさと、その隠れたセクシャリズムを描いた作品としては、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』に匹敵すると思います。