第二次世界大戦とナチスドイツを語る上で、おそらくヨーロッパの人々にとっては最大の出来事であった、ラインハルト・ハイドリヒ暗殺作戦(別名・エンスラポイド作戦)。組織運営能力に長け、その冷酷さと残虐性から「鉄の心臓を持つ男」「金髪の野獣」と呼ばれ、ヒットラーやナチスNo.2のヒムラーでさえも、恐れたと言われています。そんな彼は、大英帝国とチェコ亡命政府(スロバキアは独立、チェコはナチスの支配下に)から送り込まれた2名の若いチェコ人軍曹と5名の実行部隊によりプラハで襲撃を受け、その傷がもとで亡くなりますが、彼の死後、その実行犯たちを初めとして、プラハの市民たちに対するナチスの報復は凄惨を極めました。
ベルギー駐在時代、夫の「海外駐在はすなわち現地化である」というポリシーのもと、我が家の子どもたちは、日本人学校でもインターナショナルスクールでもなく、オランダ語の現地校に通っていました。現地の小学校では、2年生になると「ベルギー国民に対して、いかにナチスは非道な行為をしたか」という授業を受けるんです。娘たちに先生の話の内容を聞いてみるとかなりリアルで、すっかり娘たちは怯えてしまい、正直言って私は、たとえそれが厳然たる事実であるとはいえ、まだ小学生の子どもたちにそんな残酷な話をしていいのか、せめて中学生になってからでも…と思いました。いいトシしたワタシでさえ、アウシュビッツ収容所のドキュメンタリー「夜と霧」(アラン・レネ監督)を観た日は、人間はこんなに残虐になりうるものなのかと思うと暗澹たる気持ちになって、その晩は一睡もできませんでしたから…。言い換えればそれだけナチスドイツは、ヨーロッパ全土に癒えることの難しい深い傷痕を残したということだと思いますが…。ですから、ベルギーの映画専門チャンネルではナチスの残虐性をテーマにした映画はしょっちゅう放映されていますし、今回題材になっている「エンスラポイド作戦」も、何度も映画化されています。
ワタシが観た「エンスラポイド作戦」を題材にした映画は、「暁の7人」(1976年)、「ハイドリヒを撃て!」(2016年)に続いて今回で3作目です。イギリス・フランス・ベルギー合作のこの映画は、前半がハイドリヒの半生を描いており、いかにこの金髪のモンスターが作り上げられていったかに焦点を当てている点で、前2作とはかなり趣きが違っています。元々サディスティックな性癖があるところに女性問題で海軍を除隊処分となり、ナチスの思想にのめり込んでいくのですが、殺戮行為を繰り返していくうちに、どんどん感覚がマヒしていくさまが本当に恐ろしいです。
政敵やユダヤ人を眉ひとつ動かさず次々と虐殺していく一方で、家庭ではバイオリンを嗜み、息子にピアノを優しく教える姿に、人間の心の暗い深淵を見たような気がして背筋が寒くなります。また、ホロコーストの第一の首謀者は彼だと言われていますが、彼は許しがたいことに、「浄化」という言葉を使うんです。外国人、ユダヤ人を能率的に大量に「浄化」すべきであると。
ヨーロッパ各地で極右政党が力を伸ばし、ヘイトクライムがあちらこちらで起きている今、この映画は決して過去の歴史を描いただけのものではないと思うのです。なぜヒットラーがあのような強大な力を持ち得たのか❔なぜハイドリヒのようなモンスターが出現し得たのか❔
今一度立ち止まって、考えるべき時期なんだと思います。