観る度に哀しくて泣けてくる映画は幾つもあるけど、映画を観終わった後いつもの日常に戻ってから、ふとした瞬間、フラッシュバックみたいに映画の1シーン1シーンが脳裏に蘇ってきて、心臓をギュッと鷲掴みにされるような切ない映画はそうそうない。……だけど、この『アフターサン Afterson』は、ヲタクにとってそういう数少ない映画の1つになりました。
11歳の、年よりも大人びた印象の少女ソフィ(フランキー・コリオ)は、夏休みに、いつもは離れて暮らす父カラム(ポール・メスカル)と共に、トルコのリゾート地にやってきました。優しく温厚で、兄と間違われるほど若々しい父。父娘はビデオカメラでお互いを撮り合ってははしゃぎ回ります。何処にでもあるような幸福な光景。……しかし物語が進むに連れて、どこか不穏な雰囲気が漂い始めるのです。強いて笑顔を作っていても、ふとした瞬間に暗い表情を見せる父、カラム。彼はどうも職を転々としているようで、友人と事業を起こすと口では言っているもののそれも定かではなく、実はかなり金銭的に困窮しているらしいことがわかってきます。今回の旅行もかなり無理をしているよう。しかしお金がなくても、欲しい物があると自分の手に入れずにはいられない意志の弱さがカラムにはあり、今回の旅の途中でも、高価なトルコ絨毯を見ると欲しくなって、後先も考えず買ってしまうのでした。そして買った後になって、そんな自分の不甲斐なさに、今度は果てしない劣等感に打ちひしがれる無間地獄。
裕福な人々が集うリゾートで、自分たちがどこか浮いてしまっている感覚を肌で感じながらも、精一杯背伸びをして肩を寄せ合う父と娘。見知らぬ若い女性からドリンクバーのストラップを貰ってソフィが嬉々としてファンタを頼むシーンや、ディナー代節約の為にパフェを1つだけ頼んで分け合うシーンなど、年寄りのヲタクからしたら、涙なくしては見れません😢
歌が不得意なソフィに「歌のレッスン受けたら。お金出してあげるから」とうっかり言ってしまい、ソフィから「お金もないくせに、何でそんなこと言うの!」と言い返された時のポール・メスカルの表情ときたら❗あの1シーンだけでアカデミー賞もんだよ(笑)ソフィはね、パパにお金なんて出してもらおうなんて考えてなかったんだよ。ホテルのカラオケ大会で、パパは恥ずかしがって最後まで助けてくれなかったけど、オンチでも何でもいい、2人で歌いたかっただけ。
ヲタクは海外記事を参考にして、「海外エンタメNEWS」というカテゴリの記事を書いていますが、『グラディエーター 2』をはじめとして、最近やたらとポール・メスカルの新作情報が多いんだよね。なんでやねん❓ってずっと思っていたけど、この映画を観て、深く納得しました❗まだ27才なのよねぇ…。アイリッシュの彼ですが、これからハリウッド若手のフロントランナーになることは間違いありません(断言)。
映画の随所で、このトルコ旅行が、父娘で過ごす最後の夏だったことが示唆されます。幼い頃、いつも両親に誕生日を忘れ去られていたカラム。今日は自分の誕生日だと訴えると、投げつけるように与えられたのはオモチャの電話。11才の、既に思春期の入口に立った少年にオモチャの電話って……(泣)このエピソードですが、彼がスコットランド出身…というのが、結構なキモになっているといえるでしょう。20年前のスコットランドと言えば、子供を持つ家庭の貧困がかなり深刻化していた時期だったからです。(監督のシャーロット・ウェルズはスコットランドのエディンバラ出身)そんな幼少期を過ごした父は、ちゃんと自分の誕生日を覚えていて、旅行中、ツァーの仲間たちとハッピーバースデイの歌を歌ってくれた娘の優しさに、堰を切ったように号泣します。「スコットランドにいつか帰ってくる?」と問いかける娘に、「故郷は、離れたらもう二度と戻っては来れないものなんだ」と返す父。スコットランドやアイルランド出身の監督の映画には、カラムみたいな、故郷を捨てて放浪する人の話がよく出てきますね。直近では、『イニシェリン島の精霊』とか『ベルファスト』とか。
ソフィは今、あの時の父と同じ30才。遺品となったトルコ絨毯を敷いたアパートの部屋で、今は女性のパートナーと暮らすソフィ。今なら、あの時の父の表情が、父の言葉が、本当は何を表していたのか、理解できる気がする。出来ることなら、もう一度あの日に帰って、彼の抱えていた切なさや悲しみや苦しみと一緒に、彼を精一杯抱きしめてあげたい。……でもそれも、今となっては叶わないこと。あの最後の日々の強烈な陽光も、父の笑顔も、焼けた素肌の熱さも、背中に日焼け止めクリームを塗ってくれた少しひんやりした手のひらの感触も、二度と戻っては来ない。
A 24がまた、映画史に残る名作を生んだ❗