オタクの迷宮~映画と舞台と音楽と Chaos-α

変わり者よと言われても 今日もオタクで生きてゆく

作られた男らしさの悲劇~Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』


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(Montana from Pixabay)

  時代は1920年代のアメリカ。ニューヨーク等都会では新しい価値観が生まれ始めていた一方で、この映画の舞台は、男たち自身が依然として、西部開拓時代の「男らしさ」「マッチョ文化」の呪縛にがんじがらめになっていたモンタナ州が舞台。

 

  広大な牧場を、兄フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)と共に経営しているジョージ・バーバンク(ジェシー・プレモンス)は、兄や使用人のカウボーイたちと商用で立ち寄った宿屋の未亡人ローズ(キルスティン・ダンスト)に一目惚れ。プロポーズの末に彼女と一人息子のピーター(コディ・スミット・マクフィー)を屋敷に招き入れます。しかしローズとピーターは、知事にさえ気を遣わせ、付近一帯で権勢を振るう、カリスマ的な兄のフィルからさんざん辱しめを受け、ローズは精神的に追いつめられ、次第に酒浸りになっていきます。それを見た息子のピーターは…。

 

  まあとにかく、ベネさま演じるフィルがなんともはや憎たらしい、今の時代だったらどこでも即オールアウトなパワハラセクハラ男なのよ❗(怒)

…おまけにカウボーイでありながら、イェール大卒でラテン語話せて楽器の腕も超一流だから、なおさら始末に悪いの😅

 

  …だけどね、よーく見ていると、彼の粗暴な振る舞いも、大げさすぎるマッチョさの誇示も、じつは彼が長年抱えている大きな秘密を隠すためのひとつの手段だったのではないか…❓と思えてくる。(フィルの話の中に、ブロンコ・ヘンリーなる人物が度々登場するのですが、この人物が物語の展開を解くカギなので、要注意❗)観察していると、彼が時折、驚くような気弱さを垣間見せる時がある。それを気取られまいと、常に虚勢を張っているわけですね。しかしそれによって彼は、最後に、最も残酷な形で復讐されるのです。なんとも皮肉な結末。そして、単なる尊大な独裁者、というだけでは説明のつかない、その時々に垣間見せるフィルの意外な貌…。観ている私たちはいちいち驚かされますが、それもひとえにベネさまの卓越した演技力の賜物でしょう😊

(英国紳士のベネさまが、荒くれカウボーイになりきってるのもスゴすぎる…😮)

 

  雄大で美しいアメリカ西部の風景をバックに、人々の愛憎や怒りが複雑に絡み合い、その不穏すぎる展開に、何かとんでもないことが起きるのではないかと私たちがハラハラして観ているうちに……

 

あっと驚くどんでん返し、心が凍りつくような結末❗

 

ああ、あの時のあの行為はこういう意味があったのか……😮ってゆーね。

一種の心理サスペンスとも言えるでしょう。

 

  題名の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、聖書の詩篇「私の魂を剣から、私の命を犬の力から救い出して下さい」から採られており、「犬」は邪悪を意味しているそうです。牧場から見える青い山々に、「吠える犬の横顔」を見るのが、フィルとピーターだけ…というのも、何か象徴的です。

 

剣とは何を意味するのか?

  真に邪悪な者とは一体誰だったのか?

 

さすがジェーン・カンピオン監督(『ピアノ・レッスン』)、一筋縄ぢゃあ、いかないわ(笑)彼女が描く西部劇は、「粗暴さを男らしいと勘違いしている男たち」への痛烈な皮肉が感じられます。フィルとは真逆の生き方をしている弟のジョージに、ずっと孤独だったと告白させていることから明らかでしょう。

 

ベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞の、衝撃の問題作です。

(ついしん)

ゴールデングローブ賞、監督賞、作品賞、助演男優賞(コディ・スミット・マクフィー)制覇❗…うーん、ある意味ベネさまを食ってたものね、コディ😅