オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

儚くも美しき映像詩〜映画『柳川』(2021)


f:id:rie4771:20240119200726j:image

 U-NEXTにて、映画『柳川』(監督 チャン・リュル)視聴。


f:id:rie4771:20240119202928j:image

※画面に映し出される柳川の流麗な映像は、「果たしてこれは実在の街なのか?」と思うほど美しすぎる。日本人なのに、日本にこんな美しい街があるのを今まで知らなかったヲタク……(恥 。>﹏<。)

 

 のっけから、北京に住む中年男のドン(チャン・ルーイー)が病院を出たところの喫煙所で、見知らぬ女性に「今検査の結果を聞きに行ったんだけど、余命僅かだって言われたんだ」と突然告白する衝撃的なシーンで始まります。間もなく自分の生命が終焉を迎えることを悟ったドンは、性格も価値観も真逆であるために、長年疎遠になっていた兄・チュン(シン・バイチン)を久しぶりに呼び出し、一緒に日本の福岡にある柳川へ旅をしようと持ちかけます。柳川は北京語で「リウチュアン」。2人がかつて愛した女性も、リウ・チュアン(ニー・ニー)という名でした。当時チュンの恋人だったチュアンは、ある日忽然と彼らの前から姿を消してしまいました。あれから20年経った今、ドンは彼女が自分と同じ名前の柳川で暮らしているという事実を風の便りに聞き、身体が動かなくなる前に昔愛した女性に一目逢いたいと思ったのでしょう。ドンの突然の申し出に戸惑いながらも、日本への旅を受け入れてくれた兄と共にドンは、北原白秋の生まれ故郷であり、「日本のヴェニス」とも呼ばれる美しい街、柳川の地へ降り立ったのでしたが……。


f:id:rie4771:20240119204646j:image

※遠い異国の日本の街で旧交を温める3人。チュアン(左)がドン(中央)の想いに気づいた時、彼はすでに……。ドンを演じるのは、映画『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』で染谷将太等日本人の俳優さんたちとも共演経験のあるチャン・ルーイー。彼の流暢な日本語にビックリ。

 

 

 周囲から「変わり者」と言われるドン。初対面で会った女性にタバコをせびりながら自前のライターを取り出して吸ったり(女性の、「ライターだけは持ってるんだ」ってセリフに思わず笑ってしまった(^.^;)、居酒屋で「これから笑い話をします!」と叫んで突然立ち上がり、周囲が耳を傾けると、次には「あっ、やっぱり忘れました」と言い出して啞然とさせるなど、突飛で奇矯な言動で周囲を困惑させるキャラ設定ですが、それでもどこか憎めぬ愛嬌が滲み出て、その底に人生の哀切が仄かに透けて見えるのも、演じるチャン・ルーイー氏の演技の巧みさと人柄ゆえでしょうか?積年の想いを告げに来た筈なのに、昔から明るく気さくで自信家の兄チュンに対するコンプレックスが災いして、チュンがチュアンを口説こうとしているのを見ても何も言えず、2人の前を自転車でウロウロする術しかしらないドンがあまりにも切なすぎる……。(実は兄自身も、誰にも言えない秘密を抱えているのが後から判明するのですが)


f:id:rie4771:20240119210121j:image

※チュアンを愛しながらも、ついにその想いを口に出すことができなかった日本人の青年(池松壮亮)。池松壮亮の繊細な演技が光ります。

 

 日本の共演陣も良い味出してましたよ!3人の民泊先の宿の主人で、チュアンに仄かな慕情を寄せる、カズオ・イシグロを愛する物静かな青年・中山に、日本の誇る演技派・池松壮亮。ある夜、彼の宿で3人が中国の子どもの遊びで盛り上がっているのを見つめる彼の、寂しげな表情が素晴らしかった。監督のチャン・リュルは中国の朝鮮族3世で、現在は韓国在住。ロンドンで長く暮らし、今は故郷の柳川に戻りながらもどこか心は漂流している中山という男。彼の姿に監督は自らを重ねているのではないか……。これって、深読みし過ぎかしらん(笑)。

 

 そしてそして、お久しぶりネの中野良子。お若い頃は都会的な知性派美女。クレバーな雰囲気が女性にも人気でしたよね。チュアン役のニー・ニーと日本酒でさしつさされつ、お互いに中国語と日本語で盛んにお喋りして、言葉は理解できないのに何となく心が通じ合って泣いたり笑ったりしているシーンが感動的でした。


f:id:rie4771:20240119213153j:image

※チュアンを演じるニー・ニーの透明感のある美しさ。ドンが20年想い続けたのもわかるなぁ…。

 

 夢か現か、異世界に迷い込んだように錯覚させる展開は、詩的な映像表現とも呼ぶべきもので、同じ中国人監督のビー・ガンを彷彿とさせます。特にヲタクが似ているなぁ……と思ったのは、主人公の夢と記憶が紡ぐ『意識の流れ』を追体験しているかのような『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯へ』ですね。映画の全編を通じて「水」が、流れ行く人生のメタファとなっているところも。前作の『福岡』には、随所にやはりビー・ガン監督の『凱里ブルース』を想起させるシーンがあった気がする。61才のリュル監督と34才のガン監督、世代も全く違うし、ネットで調べても2人に交流がある……という記述は出てこないんだけど、ヲタク的には数多くの共通点がある気がするんだよなぁ……。なのでこの映画、ビー・ガン監督のファンの方はぜひ見て!ぜったい好きになるはず。

 

 それぞれ生きることの痛みを抱えつつ、すれ違い、交差していく、思うようにはならない人生。それでも、今日も私たちは生きていく。それを見つめるチャン・リュル監督の視線は、静謐で、そして温かい。

 

★おススメ度

★★★★☆……日本の美、再発見!