オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

女性の解放とコルセット〜『ピアノ・レッスン』4Kデジタルリマスター版

 
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 ジェーン・カンピオン監督の名作『ピアノ・レッスン』が「公開30周年」の今年、4Kデジタル・リマスター版で再上映されるという嬉しいニュースが飛び込んできました!30年ぶりの上映とのこと。あれからもう30年経ったのかぁ……(遠い眼)。男性優位の社会に様々な面で抑圧されている女性が、性の愉悦を通じて心身共に開放されていくストーリーは、まあ『チャタレイ夫人の恋人』の二番煎じ……と言えなくもないんだけど、『チャタレイ夫人〜』の場合、原作者のD. H.ローレンスも男性だし、何度も映画化されてるけど監督も皆男性……ってことで、ヲタクからすると(ヲタクもいちおう女性のハシクレ)(なんかそこ、違うんだよなぁ〜)ってところがちょこちょこあったわけ。その点カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』はまんま女性の観点から描かれていて、鮮烈でしたよね。当時かなり衝撃を受けたことを覚えています。


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※ヒロインが抱える様々な葛藤を、主として眼の表情だけで表現し尽くしたホリー・ハンター(左)は各映画賞の主演女優賞を総ナメ。一世一代の名演技でした。女性として目覚めていく母親を複雑な思いで見つめる思春期手前の娘フローラを演じたアンナ・パキン(右……当時なんと11才!)も素晴らしかった。

 

 時は19世紀末。スコットランドから、幼い娘フローラ(アンナ・パキン)を連れ、遠くニュージーランドに嫁いで来たエイダ(ホリー・ハンター)。口がきけない彼女の、唯一の感情表現はピアノを弾くこと。砕け散る高波の中、命の次に大事なピアノと共に海辺へ辿り着いたエイダとフローラでしたが、入植者である夫ジョージ(サム・ニール)は、その時海辺へ迎えに来てはいませんでした。満潮で荷物が流される中、一晩肩を寄せ合って真っ暗な海辺で過ごす母娘。あくる朝迎えに来たジョージは、湿地帯の中ピアノを家に運び込むのは大変だからと、なんと現地語の通訳を務めるベインズ(ハーヴェイ・カイテル)が所有する土地と物々交換することをアイダ本人に相談もせず独断で決めてしまいます。絶望するエイダ。一方、ふとしたきっかけから、自分が譲り受けたピアノが彼女にとって命にも代えがたいものだと知ったベインズは、「自分にピアノのレッスンをしてほしい」と願い出ます。それは単なる名目で、アイダに自由にピアノを弾かせ、彼女が奏でる音楽にうっとりと耳を傾けるベインズ。彼にとって、それは生まれて初めての体験でした。読み書きも満足にできず、原住民のマウリ族に馴染むために顔にイレズミを入れている無骨なベインズを当初は軽蔑していたエイダでしたが、彼の不器用な性格に隠れた優しさに触れるうち、次第に心を開くようになります。そして、運命の日が訪れて……!


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※無学だが、ヒロインに不器用で純粋な愛情を注ぐベインズを演じたハーヴェイ・カイテル。どんな女性の中にもおそらく、「男権社会から自由になりたい。一個人として自立したい」という欲求と、「女性として崇拝されたい、愛されたい」という感情のせめぎ合いが存在すると思うんですが、カンピオン監督はやはりそのへんの複雑な女性の感情を巧みに描いていたように思います。ベインズの人物像にもそれがよく現れていたような……。

 

 心の内奥に強烈な自我を秘めながら、ピアノという唯一の自己表現手段を奪われ、圧倒的な孤独感と様々な抑圧の下で生きるエイダ。そんな彼女がベインズによってはじめて本来の自分を認められ、ついに最後には笑顔を取り戻すプロセスは感動的。作品の中で、エイダを強烈に縛っている様々な軛(くびき)の象徴とも言うべきものが、当時の女性の身だしなみに必須であった「コルセット」。エイダを演じるホリー・ハンター、(もしかしてウェスト40センチ代じゃないの?)っていうくらい物凄い柳腰でね。カンピオン監督、彼女の後ろから何度も撮って、その細さを強調してましたよね。コルセットで上半身を締め上げて息もできないとか、失神しそうになる場面って、古くは『風と共に去りぬ』とか、新しいところだと昨年公開の映画『エリザベート1878』にも登場していました。『1878』のエリザベート皇后は※自分に押し付けられるルッキズムに反抗して、まるで鎧のようなコルセットを自ら脱ぎ捨てていましたが、エイダの場合は、生涯はじめて心を通わせた、そして自分を理解してくれた男性に「裸になってくれ」って懇願されてコルセットを脱ぎ捨てることで、本来の自分自身を取り戻すことができた……というね。

ウーマン・リブの黎明期には、女性解放の象徴としてブラジャーをつけない「ノーブラ運動」なんてのもあったんですよ(^_^;)今考えればウソみたいな話だけど(笑)


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※妻と恋人の愛の交歓を覗き見するジョージ(サム・ニール)。こういう、一見紳士面してじつはゴリゴリの男尊女卑主義者っていう役、サム・ニール上手いよねぇ。『それでも夜は明ける』のベネさまの嫌らしさと双璧(笑)

 

 観る側が男性か女性かによって評価が分かれるかも^^; あなたが女性だったら、かなり刺さるかも。4Kデジタルリマスターの美しい映像で、3月22日より全国ロードショー公開です。

 

・おススメ度……★★★★☆

ニュージーランド海辺の映像美と、全編を彩るマイケル・ナイマンの流麗な音楽で★1つ追加!(笑)