オタクの迷宮

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METライブビューイングでオペラ『蝶々夫人』を観る


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 テラスモール湘南シネコン「109シネマズ湘南」にて、MET(ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場)ライブビューイング『蝶々夫人』鑑賞。

 

 今年2024年はオペラの巨星、プッチーニ没後100周年に当たります。オペラ=悲劇であって(軽いタッチの喜劇はオペレッタとなります)、哀しい結末を迎えるものが多いのですが、『蝶々夫人』はその中でも悲劇中の悲劇、オペラ中のオペラと言っても過言ではないでしょう。

 

 時は19世紀末、舞台は日本の長崎。港に停泊中の軍艦エイブラハム・リンカーン号で日本に降り立ったアメリカ海軍士官ピンカートン(ジョナサン・テテルマン)は、日本女性の斡旋屋であるゴローに売れっ子芸者の蝶々さん(アスミック・グリゴリアン)を紹介され、結婚の契約を交わします。しかしその結婚は、蝶々さんを一時的な現地妻にするための、「いつでも破棄が可能」という、ピンカートン側の身勝手な契約でした。蝶々さんは老いた母親との生活の為、その実情を薄々知りつつ結婚しますが、あに図らんや、ピンカートンを真剣に愛してしまいます。彼の心に添うため、彼女は神道からキリスト教に改宗するほどでした。しかしその行為が母親をはじめ親戚縁者を激高させ、蝶々さんは彼らから絶縁されて天涯孤独の身に。やがてピンカートンは蝶々さんを残してアメリカへ帰国してしまいます。それから早や3年が過ぎ、蝶々さんはピンカートンとの間にできた幼い息子と共に、日夜彼の帰りを待ち続けていましたが……。

 

 今日のライブビューイング、恥ずかしながらヲタク、第2幕の冒頭、かの有名過ぎるアリア『ある晴れた日に』をグリゴリアンが歌い始めた途端、滂沱の涙を止められなくなってしまいました。ヲタクが年老いて、涙もろくなっているせい❓……いやいやそれだけではありますまい。彼女の歌声は、ピンカートンの裏切りを薄々感じながらもひたすら愛しい人を信じ抜こうとするひたむきさ、それでもなお溢れくる哀しみ、楽しかった頃の思い出の数々、その全てを完璧なまでに表現しており、スクリーンに映し出される彼女の豊かな表情を見ずに目を瞑っていたとしてもヲタクは、感動の涙を禁じ得なかったと思うのです。インタビューの中でも彼女、「演じる役は全て私自身の中に存在します。役は私そのものなのです」と言い切っていましたね。憑依型オペラ歌手❓(^_^;)インタビュアーのA.R. コスタンツォも「歌う女優」と評していました。まさに言い得て妙❗


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※2018年ザルツブルク音楽祭での『サロメ』タイトルロールの大成功により、「完璧なテクニックと美声、そして究極の表現力」を持つと言われるアスミック・グリゴリアン。「サロメ」や「カルメン」で名声を得た後、対極にある「蝶々夫人」を演じる……という演技力の幅広さが、オペラ界のニュー・クイーンと称される所以でしょうか❓

 

 蝶々さんはなんと、初登場の場面では15歳の設定(^_^;)なので、演じるディーヴァには瑞々しい演技と透明感のある美声が不可欠なのですが、ヒロインを演じるアスミック・グリゴリアンは今回がMETデビューということで、その初々しさと緊張感もヒロインを演じる際に効果的に働いたような気がします。


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※ピンカートンって女心を弄ぶドンファンで言わば悪役の立ち位置なんですけど、グリゴリアン同様今回がMETデビューの若いテノール、ジョナサン・テテルマンがピンカートンを演じたことで、クズっぷりよりむしろ「若さゆえの過ち。未熟さ」感が前面に出ており、観ている私たちの反感を買う度合いも通常より低かったかも(笑)

 

 それにしても、2024年5月に上演されたばかりの演目を、僅か1ヶ月で鑑賞できることの贅沢さよ。ヲタクはこれまで映画館で、WOWOWの放映で幾度となくMETライブ・ビューイングを観てきましたが、今回のように、5階までぎっしりと埋め尽くされた客席からまるで地響きのような歓声が上がり、カーテンコールにほぼ全員が総立ち……という場面はおよそ見たことがありません。MET史上、五本の指に入る作品になったのではないでしょうか。

 

★今日の小ネタ……インタビュアーを務めたアンソニー・ロス・コスタンツォ


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 今回インタビュアー・案内役を務めたのはアンソニー・ロス・コスタンツォ。世界でも有数のカウンターテノールです。彼自身もオペラ歌手なだけに、掘り下げたインタビュー内容が素晴らしかった。彼は異文化交流にも熱心な人で、2014年以来何度か来日し、歌舞伎の『源氏物語』で光源氏の分身たる闇の精霊役を務め、市川團十郎(当時は海老蔵)と共演を果たしています。