オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

1980年、戒厳令下のポーランドで…Netflixミステリ『泥の沼』

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(Poland from Pixabay)

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  第二次世界大戦ナチス・ドイツに占領されていたポーランドを解放したのはソ連軍でした。戦後はソ連を後ろ楯とした共産主義国となったポーランド。ところが共産主義時代のポーランドは経済状況が極度に悪化、インフレに苦しみ、食料は配給制、物資の欠乏は慢性化していました。そんな中、レフ・ワレサ率いる独立自主管理労働組合いわゆる「連帯」が民主化活動を活発化させましたが、政府は1981年に連帯を非合法化し、戒厳令を施行して厳しい言論統制を敷きます。

 

  このドラマはまさに1980年、戒厳令下のポーランドが舞台。ある田舎町の地元紙「クーリエ」の記者ウィテク・ヴァニッツ(アンジェイ・スヴェリン)は、小さな田舎町の密接な人間関係に嫌気がさし、ドイツへの亡命を目論んでいます。そんなある日、街のはずれにある広大な森の中で、社会主義党青年組合議長グロフォヴィヤクが、娼婦と共に惨殺される事件が発生。その直後、警察は娼婦の同棲相手を逮捕し、自供調書も取ってスピード解決。しかしウィテクと共に事件担当になった新米記者のピョートル・ザジツキ(ダビド・オグドロニク)は、警察の誤認逮捕ではないかと疑い、独自に捜査に乗り出します。権威に噛みつくピョートルの行き過ぎた正義感に辟易するウィテク。しかし彼もまた知人の娘ユスティナと同級生の心中事件を追ううちに、青年組合議長と娼婦の殺人事件との間に奇妙な共通点があるのに気づいて…。

 

  5話見終わってひと言…。

暗い!とにかく暗い!

…でもって結末のイヤミス感ハンパない。

勧善懲悪の爽快感も皆無(笑)

…でもね、ヲタク的にはツボにハマるテイストです。好き嫌いは分かれると思いますが、北欧ミステリがお好きな方にはおススメ。

 

  主人公二人が、新聞、それも地方紙の記者という設定が、このドラマに深みを与えていると思います。戒厳令下の記者といえば、体制側から全て統制されていますから、記事の題材と言えば、国営の食肉工場や公益事業の提灯記事ばかり。そんな状況に鬱屈たる思いを抱く野心家の若いピョートルが、それこそ泥の沼に引き摺り込まれるように、真犯人探しにのめり込んでいくのも、時代背景を知るとよく理解できます。また、お洒落な洋服を買おうと思ったらヤミで外貨を調達しなければならず、学校を出ても未来が見えない当時の若者たちの抑圧された欲望も…。

 

  ヨーロッパの人々にとって、「森」は神の眼の届かない「魔が棲む場所」というイメージがある…と、以前拙ブログの記事(『ダブリン 悪意の森』2月12日)でも書きましたが、このドラマでも同様のメタファが度々登場します。このドラマにおける「森」もまた、ピョートルの妻(ゾフィア・ビフワチュ…この女優さん、可愛い)が言う「夫婦の仲を裂こうとする」魔の森であり、かつて森にあった収容所で亡くなった大勢のポーランド人たちの亡霊がさ迷う場所なのです。

 

  第二次世界大戦でのナチスドイツからの迫害に始まり、苦難の歴史を歩んできたポーランド。多くの人々が新天地を求めて、他のヨーロッパ諸国やアメリカに渡りました。ヲタクが家族とベルギーに住んでいた頃、次女と仲の良かったお嬢さんはポーランドからの移民3世でした。あの有名なミュージカル『ウェストサイド物語』白人の不良少年グループ、ジェット団の面々はポーランドからの移民2世たち。新天地を求めて来たものの、良い就職口がなくて本国と同様貧困に苦しんでいる…という設定です。刑事が彼らに向かって、「ポラックめ!(ポーランド人の蔑称。現在は差別用語です)」って吐き捨てるシーンがありましたね。アメリカ文学では、ポーランド人と言えば肉体労働者として描かれる場合が多いですね。(テネシー・ウィリアムズ欲望という名の電車』のスタンリー・コワルスキーなど)ジェーフリー・アーチャーの小説「ケインとアベル」も、ポーランドからアメリカに密航してきた青年の成り上がり物語でしたっけ。

 

  ひと昔前まで、日本で見ることのできる海外のドラマと言えば、アメリカ、イギリス、フランス、韓国のものばかりでしたが、今ではNetflixのお陰で北欧や東欧、アイルランドスコットランドのマイナーな作品も楽しむことができる。

良い時代になりましたよね。