オタクの迷宮

海外記事を元ネタに洋画の最新情報を発信したり、映画・舞台・ライブ鑑賞後の感想をゆるゆると呟いたりする気ままなブログ。

映画界の美しきカリスマ、監督業引退〜グザヴィエ・ドラン『たかが世界の終わり』


f:id:rie4771:20230709100931j:image

 この度、若干34歳にして映画監督業からの引退を発表したグザヴィエ・ドラン。「興行収入ありき」の超大作ばかりがもてはやされる現在の映画業界に嫌気がさしたのが主な理由だそうです。ドランと言えば、今俳優業をお休み中の村上虹郎くんが大のドラン・フリークでしたよねぇ…。「いつか彼の監督する映画に出てみたい」って、インタビューで言ってた記憶がある。ヲタクは虹郎くんもドランも大ファンだから、重ね重ね残念でたまりません。……というわけで、今日は「早熟の天才」グザヴィエ・ドランの作品群の中から、ヲタクが最高傑作と思う『たかが世界の終わり』をご紹介しましょう。

 

  彼の出発点は子役のオーディション。幼い頃から演技が好きで好きで、でも認められず、それなら自分で脚本を書いて映画を作ろうとしたのが、きっかけ。今でも脚本・監督・編集を一人でこなす天才ですが、意外にも、映画学校で学んだことはなく、全て独学というのがオドロキです😮

 

  監督作『マイ・マザー』カンヌ映画祭で注目を浴びたのが弱冠19才、『マミー~Mommy』でカンヌ審査員特別賞25才、そして本日ご紹介する『たかが世界の終わり』(2016)は、カンヌ国際映画祭で、最高賞であるグランプリを受賞しています。

 


f:id:rie4771:20230709101123j:image

  『たかが世界の終わり

……なんて皮肉で悲しい題名でしょう。主人公は若くして名声を得た同性愛者の劇作家ルイ(ギャスパー・ウリエル)。彼は病でもう余命いくばくもないことを宣告され、12年前家出同然に飛び出し、時折絵葉書を送るだけで一度も帰ったことのない実家に戻ってきます。自分の、さほど遠くない死を家族に知らせるために…。

 

  しかしそこで彼を待っていたのは、若くして成功を収めた弟に対してコンプレックスの塊となり、嫉妬から彼に暴言を吐き続ける兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、アントワーヌから四六時中モラハラを受けている内気で口下手な妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)、幼少の頃ルイと別れた為強引に愛情を求めてくる妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)、そしてアントワーヌを見限り自分の行く末を成功者のルイに託したいと願う母親(ナタリー・バイ)…。果たしてルイは、家族に自分の近づく死を伝え、家族と心を通わせることができるのか…。全編会話のみで進行していきます。血を同じくしているからと言って、必ずしも理解し合えるわけではない。普段私たちはその残酷な真実を見てみないフリをして生きているけれど、ドラン監督は容赦なく抉り出していきます。みんな、愛し愛され、お互いに信頼し合いたいはずなのに、実際に口をつくのは相手を責める言葉ばかり…。結末は題名の通り、皮肉で、残酷で、哀しい。

 

  トム・フォード監督の『シングルマン』を想起させるような世界観。トム・フォードグザヴィエ・ドランもゲイであることをカミングアウトしていますが、この2つの映画の主人公が抱える、死に直面した時の「圧倒的な孤独」はそこからも来ているのではないか…と推察します。

 

  冷徹なリアリズムで貫かれた作品なのに、そのカメラワークはひたすら美しい。フランスの田舎の夏……蒸せ返るような草いきれ、川のせせらぎ、戸外での美味しそうな食事、手作りのデザート、風に揺れる紗のカーテン…。この色彩感覚は、『タイタニック』や『花様年華』を見て学んだそう。

 

  この作品の出演者のそうそうたる顔触れを見ただけでも、現代フランス映画界のオールスターキャスト❗といった感じで、ドラン監督の煌めく才能が、いかにフランス…いえ、全世界から期待されていたかがわかります。(ギャスパー・ウリエルはこの作品で、カンヌ映画祭主演男優賞受賞)しかし今この作品を見返してみると、根底に流れる黙示録的な絶望感は、主演の※ギャスパー・ウリエルを襲った悲劇と相まって、この度のドランの引退劇を暗示しているようでもあります。

フランス・サヴォワのスキー場で、スキーヤーから衝突され、グルノーブルの病院に搬送されましたが、脳挫傷のため翌19日に死去。37歳でした。

 

 ドランは、映画を制作するという様々なしがらみや重圧からは開放されたいようですが、俳優業は継続する意向のようで、ヲタク的にはしごくホッとしております。ドランと言えば『トム・アット・ザ・ファーム』や『エレファント・ソング』など「万年思春期」的な役柄のイメージだったけど(^.^;、昨年横浜で開催された「フランス映画祭」参加作品『幻滅』(バルザック原作)では、詩人を目指す主人公の青年(バンジャマン・ヴォワザン)の憧憬と嫉妬の対象となる作家の役で、大人の男の魅力むんむん、ドランの俳優としての新境地を見た思いがしました。


f:id:rie4771:20230709102012j:image

※フランス映画『幻滅』で、主人公を演じたバンジャマン・ヴォワザン(中央)の若々しい魅力とは対照的な、成熟した男の色気を振りまいていたグザヴィエ・ドラン(右)

 

 繊細で、皮肉で、美しくて、先鋭的な彼の世界観を映像作品で見ることができなくなるのは悔しいけど、俳優としての彼の類まれなる資質が、さらに花開くことを願ってやみません。