アンドリュー・スコットの圧倒的な演技力にただただ圧倒される至福の2時間、ナショナル・シアター・ライブ『ワーニャ』。19世紀末のロシアから現代のイギリスに設定を替えて、サイモン・スティーブンスが書き下ろした脚本で、当初は数名の俳優で演じられる予定だったそうですが、アンスコさまがそのうちの何役かを演じるのを見たサイモンが彼の演技の素晴らしさに驚嘆、急遽一人芝居に変更した……という曰く付きの作品。
亡くなった妹の夫である映画監督アレクサンダーを崇拝し、自身は50才近くになるまで結婚もせず、農場を経営しながらアレクサンダーの映画制作の為に長年仕送りを続けてきた主人公アイヴァン(ワーニャ)。アレクサンダーは年老いて、親子とも年の違う若い後妻ヘレナを連れてアイヴァンが営む農場に帰ってきます。しかし彼が長年心酔してきたアレクサンダーは、実はとんでもない俗物で、身体が利かなくなった今では自分の境遇を呪い、妻のヘレナに怒鳴り散らす毎日。そんな姿を見てアイヴァンは、今までの自分の人生は一体何の為にあったのかと絶望を感じ始めるのでした。そんな折、アレクサンダーは突然、農場と一族が暮らす家を売り払い、ヘレナとマン島で余生を送りたいと言い始めます。「じゃあ、僕たちはどこに住めばいいの?」と尋ねるアイヴァンに、「知ったことか」とうそぶくアレクサンダー。その言葉にアイヴァンの積年の恨みが爆発して……❗
アンスコさまは、主人公のアイヴァン、その母エリザベス、アレクサンダー、ヘレナ、家庭医のマイケル、アレクサンダーの娘ソニア、使用人のモーリーン、リアムの何と8役を、声音と話し方(7色の声…ならぬ8色の声^^;)、立ち振舞……等々により絶妙に演じ分けました。
★★★★
アンドリュー・スコットの一人芝居の演技はベスト・オブ・ザ・イヤーだ
(iNews)
★★★★★
マスタークラス!
(Evening Standard)
★★★★★
文句なしに最高の演劇
(Broadway World)
★★★★
アンドリューに魅了される
(Telegraph)
★★★★
素晴らしい
(Independent)
……とまあ、普段は辛口で知られる英国の演劇評も絶賛の嵐。当然のことながらカーテンコールでは観客総立ち、拍手いつまでも鳴り止まず。
ヲタクはナショナル・シアター・ライブをこれまでかなり見てきて、鑑賞後必ずと言っていいほど「ああやっぱり、生の舞台で見たいよね」と呟いたものだけれど、今回に限っては、映像で良かった気がする。……だって映像でなければ、アンスコさまが役に応じて、目線や口元や微かな眉の動きに至るまで、いかに繊細に演じ分けているかがわからなかったもの。そして、時に応じて涙がとめどなく溢れてくる、見事な「泣きの演技」もね。直近の作品『リプリー』(Netflix)でアンスコさまは、友人を殺害してその友人になりすます詐欺師の役を演じました。ヲタクはアンスコさまが、友人役を演じたジョニー・フリンの声音からイントネーションまで完コピして喋っていたのを見て仰天しましたが、あれはほんの序の口だったのね(笑)
1人8役の会話はともかく、マイケルとヘレナがある夜ついに一線を越えてしまう場面はいったいどう表現するのかと思いきや、さすがアンスコさま、あまりにリアルすぎてヲタク思わず映画館の暗闇で赤面しちゃったよ(笑)凄いわ……凄すぎるわ……。
アンドリュー・スコットが、英国……いや世界の演劇界最強のアンドロギュノスであることを証明してみせた作品でしたね。
★今日の小ネタ
英国の芝居だけあって言葉選びはやっぱり上品。若く華やかなヘレナと我が身を引き比べて、ソニアが「私、皆から気立てがいいって褒められるけど、後で必ずordinary-lookingって付け加えられるの」って落ち込む場面があるんですが、この単語ってつまりはugly(ブス)ってことで……。でもさ、ヲタク的にはズバッと「ドブス!」とか言われるより、遠回しなordinary-lookingのほうが、いくら上品な表現でも地味に傷つく。きっと後からジワジワ来る(笑)